見出し画像

紀行文「犀の角」

寒さと暑さと、飢えと渇えと、風と太陽の熱と、虻と蛇と、——これらすべてのものにうち勝って、犀の角のようにただ独り歩め。
『スッタニパータ』(中村元訳,岩波文庫)

インドを歩いていると、仏教がこの地で誕生したのは当然のことのように思えてくる。多様な宗教がインドの地を愛し、人間にとって厳しいと言えるこの住環境を臥所としてきた。街を歩けば、野犬が生き絶えるように路上に眠り、ときおり人もまた同じように眠る。少し歩くだけでどっと汗が湧き出すような灼熱の中、人びとはそれを受け入れるように生き、そして物を乞う人もあれば、彼らに金を差し出すものもいる。私はそこに悟りや諦観のようなものすら感じたが、おそらく彼らはただ生きている。そして、私はそこにただ生きることの困難さを知らされる。 

仏教の最初期に編まれた『スッタニパータ』の有名な節に「犀の角のようにただ独り歩め」というのがある。ここにはかなり程度の進んだ修行者に対し、その文言通り一人で逞ましく歩むことを説くわけであるが、同時に「善き友をもて」とも勧めている。他者と関わりながらもだれかに頼りきるのではなく、独立していろと言うのだ。一見矛盾するこれらの文言。しかし、インドにいるとこの言葉は真であると気づかされる。人びとは個として懸命に生きながらも、ときに他者を支えている。厳しい状況下で彼らは希望を信じ続けている。私にはそのように映った。

#紀行文  #インド #旅行 #仏教 #宗教 #コラム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?