紀行文「犀の角」
インドを歩いていると、仏教がこの地で誕生したのは当然のことのように思えてくる。多様な宗教がインドの地を愛し、人間にとって厳しいと言えるこの住環境を臥所としてきた。街を歩けば、野犬が生き絶えるように路上に眠り、ときおり人もまた同じように眠る。少し歩くだけでどっと汗が湧き出すような灼熱の中、人びとはそれを受け入れるように生き、そして物を乞う人もあれば、彼らに金を差し出すものもいる。私はそこに悟りや諦観のようなものすら感じたが、おそらく彼らはただ生きている。そして、私はそこにただ生きることの困難さを知らされる。
仏教の最初期に編まれた『スッタニパータ』の有名な節に「犀の角のようにただ独り歩め」というのがある。ここにはかなり程度の進んだ修行者に対し、その文言通り一人で逞ましく歩むことを説くわけであるが、同時に「善き友をもて」とも勧めている。他者と関わりながらもだれかに頼りきるのではなく、独立していろと言うのだ。一見矛盾するこれらの文言。しかし、インドにいるとこの言葉は真であると気づかされる。人びとは個として懸命に生きながらも、ときに他者を支えている。厳しい状況下で彼らは希望を信じ続けている。私にはそのように映った。
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