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我慢と躍進

0. まえおき

 僕自身、なにもすごい人でもないし、決して前に進んでいるわけでもない。読んでくださる皆さんと同じように、日々悩み、苦しみ、そして、自分ではなく人のおかげで笑い、元気になり、一日一日を噛みしめてきました。

 偉そうにnote なんて書いて、有名人か!のように思ってしまう自分もいるのですが、誰かにアドバイスしたいわけでも、なにかの意見を述べたいわけでもない。自分の為に、誰か読んでくれるかもしれない人の為に、言葉としてアウトプットしているにすぎません。

 大切なことは、きっと言葉だけではなく、その人の生き方だったり、もっと根本的には”生きる”に向かう姿勢だったりするのだと僕は感じています。

だけど、言葉にすることで、届く幅が少し広がるかもしれない。
そこの可能性を拾っているだけです。

 人に影響できるほど、自分は偉くないし、そもそも人に影響を与えるなんておこがましいと思っています。僕の一人だけの視野から発した言葉が、
その視野に入っていなかった誰かを傷つけてしまうかもしれない。そして、その人の前向きな気持ち、自分を肯定する気持ちを邪魔してしまうかもしれない。

 そんなことはしたくないし、だれもが自分のことを肯定できる世界であってほしいと願っています。

 長くなりましたが、僕が言葉を綴るのは、誰かと比較して自分を優位に見せようとか、自分の承認欲求を満たそうとか、そういう理由ではありたくないと思っています。(決してこのような気持ちがある人たちを批判しているのではありません。ん~、言葉の表現は難しい。)
 あくまでも、自分の為、そして、僕のことを気にかけてくれてこんなつたないnoteを読んでくださる方の為に、言葉の反対側に最大限気を配りながら、頭の中をアウトプットするにすぎません。

1. どんな一年だったか

 前置き長くてすいません。(笑)

 まとめると、向かい風の中、ヨットが進むように、なんとか進み切った一年だったと思います。
 悩みたくないところで悩み、その一方、続けてきたことが実を結び始めた一年でもありました。

2. 我慢の時期

 単刀直入に言うと、研究室の人間関係で強烈に悩みました。
一番しんどかったのは、10, 11月で、正直、大学院に進学して研究以外のことでこんなに悩むとは思ってもいませんでした。
 実際、悔しくてトイレで泣いたこともあったし、
今ではストレスによる腹痛も抱えてしまいました。

 でも、そんなときほど、尊敬している先輩方や同期、友達との時間が自然と増えていて、それに伴い、飲むお酒の量も増えました。(笑)

 『逆境』という言葉がふさわしいのかはわからないのですが、あまりありがたくはない向かい風が吹き続けました。

 毎日、研究棟のドアを通るのが憂鬱で、なんでこんな思いをしないといけないんだと思いながらも、人生は苦しく大変なものだと思って、
一日ずつ乗り越えていきました。

人間関係により、気持ちが落ちる一方で、
そんな気持ちを救ってくれたのも人間関係でした。

 苦しい時期に飲んでくれて、話を聴いてくださったり相談に乗ってくださった先輩方や研究室の仲間たち、本当にありがとうございました。

 たくさん愚痴を吐いて、たくさん笑い飛ばしたし、
その度に、また明日も行ってもいいかなという気持ちになれました。

 ありがたくない瞬間はたくさんあったし、これからも沢山あると思うのですが、それでも前を向いて進み続けようと思います。

3. 躍進の時期

 2. 我慢の時期と3. 躍進の時期は、別々にあったわけではなく、
それぞれ重なり合っていたり、少しずれていたり色々なのですが、便宜上、分けて書いています。

 大変な時期も多かった1年ではありましたが、躍進といえるようなこともありました。ここでは、多いですが4つ挙げたいと思います。

 ひとつは、ラーニングコミュニティ『Well-Labo』を、尊敬するやっくんとりんと一緒に始動し、第一期を終えたこと。


 もうひとつは、日置市の市長さんと対話をする機会をいただけたこと。
『人生で成し遂げたいこと』に関する問いをいただき、日置で起業したいという旨のお話をさせていただきました。
 具体的には、施設(ハード)を持たない、団体や場としての(ソフト)自然学校をやりたいということです。
 対話の最後に、
『一緒に日置を世界一のまちにしましょう!』
と言っていただき、今でも心に響いています。

2022.8. 日置市長さんと。


 3つ目は、『いのっちゼミ』を運営したこと(継続中)です。
以下は、僕が大切にしている想いを書き記したものになります。
その想いが形になったのが『いのっちゼミ』でした。

 今年は、大学院の入学試験からスタートした一年でもありました。
大学院生としての一年間、学業とやりたいことの折り合いがなかなかつかず、正直、何度もやめようと思いました。(笑)

 以下は、悩んでいるまっただ中のnoteです。

 いま、この記事を書きながらも、研究室のことを考えると、憂鬱な気持ちに駆られます。
コーヒーの美味しさが分かるように、苦みの美味しさが分かることが大人になることなのかな。そんなことも思ったりします。(笑)

 こんな風な気持ちに苛まれながらも、自分がどう生きていきたいか
自分が何を大切に思っていて、どんな変化をもたらしたいのか
もしくは、自分がどんな変化になれるのか
 このことだけは、寝ても覚めても、ずっと考えていました。というよりは、気づいたら考えていました。(笑)

 その想いがあったからこそ、少しずつ形にすることができたのではないかと、今、振り返ると思います。

 あ、4つ目忘れてました。

 4つ目は、働くことのリアルを少しですが知ることができたことです。

具体的には、2つの経験があって、
一つは、白川郷(岐阜県)と大江町(山形県)の自然学校で、1週間程度ずつ 『インタープリター』として働かせていただいたこと。『トヨタ白川郷自然学校』の山田さんとお話しする機会をいただいて、そのときにいただいた、『区切りをつける』のは重要だという言葉に支えられ、いまも踏ん張ることができています。

2022.9. トヨタ白川郷自然學校の學校長である山田さんと。

 2つ目は、屋久島にある『四季の宿』さんで、これも1週間程度働かせていただいたことです。宿業はともかく、実家通いなので家事もまともにできる自信がない僕でしたが、沢山聴いて、やり続けることで、なんとか生き延びました。(笑)ここでの一週間はとても大きな経験となって、自分の中にあります。今でも机の上の写真はこの写真です。(笑)

2022.8. 屋久島にある『四季の宿 尾の間』にて。

 とはいえ、正直、どちらも、めちゃめちゃ大変でした。(笑)
でも、そのおかげもあり、僕の、周りのことに対する期待の軸が下がりました。難しい言葉では、『創造的絶望』というらしいです。

 いいのか悪いのかは知りませんが、軸が下がったことにより、大変なのがニュートラル。そこからが本番。ぐらいに思えるようになりました。
無理しすぎは禁物ですが。

 以上の4つ以外にも、様々な経験をすることができました。
しかし、これらもあくまでも自分の力ではなく、どれも誰かに恵んでいただいた機会であり、想いを口に出した結果だと思います。
 本当に有難いことだと痛感しております。

4. まとめと次の一年の抱負

 とてつもない文量になってしまいましたが、これでも一年間のほんの一部にすぎません。疲れた中でも続けた家族4人分の皿洗いや、論文を読んだり、気象学をもう一度読み直し始めたり、塾講師として、教えることは出来ないので真剣に生徒に向き合って問題を一緒に考えてみたり、いろんな日常が積み重なって一年間が過ぎていきました。

 旅(鹿児島→岐阜→山形)で感じたことは、
『どこにいってもそこにはそこの日常があるだけ』だったということです。
なにそのつまらないまとめ!と思った方、もう少し待ってください。(笑)

 そこにはそこの日常があるだけ。
このことは裏を返せば、どこに住んで、何をしようが、だれもが自分という唯一の存在で、そこに優劣もないし、輝くチャンスがあるという事だと思います。もっと言えば、すでに輝いているという事かもしれません。

 僕にできること・興味の方向は、目立たない、表には出ないような、
たくさんの素晴らしい仕事、そして、それをやってのけている大人の方々にスポットライトをあてたいということに行きつく。

 もっと抽象度を上げると、自分が自分であっていいと胸を張って生きられるように、サポートしたいということ。

 もっともっと抽象度を上げると、人に生きていてほしい。

 きっとこのことは、次の一年でもその先でも変わらないことだと思います。

 だからこそ、出会った人たちに恩返しをしたい。
自分という人間に関わってくれたひとに、感謝を伝えたい。

 そして、それを形にしていきます。
この一年は、正直、助走期間?とも思えるのですが、
感謝だけは忘れず、
縁と志と運』を大切にして、毎日という時間を大切にして、
噛みしめて生きていきたいと思います。


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