おじいちゃん、ごめんね
祖父はよく私を叱る人だった。
そして振り返ってみると、大体の場合私が悪いのだった。
例えばお金の勘定をしていた祖父の目の前で、床に置かれたそのお金をまたいで叱られた時のことをよく覚えている。なんでお金をまたぎ超えたくらいのことでこんなに怒鳴られるのだ、と悔し涙を流した村上少年、当時5歳。あの頃に戻れるのなら伝えてあげたい。「おじいちゃんは君が礼儀正しく生きていけるよう、心を鬼にして叱ってくれているんだよ」と。
祖父が最も鬼に近づいた時の話をしよう。上弦も良いところ、あの日の祖父は無惨様にも一目置かれるくらいの迫力があった。
あの日曜日、そそくさと朝食を済ませた村上少年6歳は、買ってもらったばかりのベイブレードを夢中になって回していた。最新式のヘビィメタルというやつで、従来のプラスチック製のものとは一線を画した金属製の最高にかっこいいやつだった。やつは名前をガイアドラグーンと言った。
ガイアドラグーンはイカしたやつだった。専用の小型スタジアムに解き放たれたガイアドラグーンはブーンという堂々たる回転音を唸らせて旧型のベイブレード達を蹴散らしていった。そのうち私はガイアドラグーンが語りかけてくる声を確かに聞いた。
「少年よ、この舞台では私のポテンシャルは活かしきれない。もっと硬く、それでいて摩擦の少ない、安定したフィールドに我を解き放ちたまへ」
村上少年はためらった。なぜならそのスタジアム以外の場所でベイブレードを回すこと(以下、"ゴーシュートする"と記述する)は両親から固く禁じられていたためである。そのうちに回転を止めたガイアドラグーンは悲しげに、美しい鋼の輝きを放って私を見つめるのだった。
そういう経緯で、ガイアドラグーンに心をほだされた私は茶の間の木製の机にゴーシュートすることを思いつき、実行に移した。茶の間では祖父母が朝食を取っていたが、気にしなかった。ガイアドラグーンは非常に安定した性能ゆえ、机の端に慎重にゴーシュートすれば迷惑をかけることはないであろう、という楽観的な見立てに基づく判断であった。
彼をゴーシュートする直前、私は再び声を聞いた。「ありがとう、主よ。ようやく私は真の姿を見せることができる」
頷きながら私は起立した姿勢のまま勢いよくゴーシュートした。
「あれ、大丈夫かな」
ものすごい速度で空中を走る鋼のコマ。
「あれ、おれ端っこに静かにゴーシュートするんじゃなかったっけ?」
ガイアドラグーンは最高に嬉しそうに木製の机に、着地した。
「あれ、あんなとこに落ちたらおじいちゃんに怒られるんじゃない?」
祖父が視線を向けた時、ガイアドラグーンは落下のエネルギーを反発力に変え、勢いよく宙に飛び上がり、あろうことかそのまま祖父の味噌汁にダイブした。最初に、祖父が咄嗟に顔をかばうために出したその腕に冷めた味噌汁がかかり、最後に祖父のメガネを濡らした。ガイアドラグーンは茶碗の中でワカメと一瞬の社交ダンスを楽しんだ後、満足げに回転を止めた。
正直に言うとその後のことはよく覚えていない。祖父は上弦の鬼の実力をいかんなく発揮し、村上少年の涙を枯れさせた。両親はガイアドラグーンを没収した。が、それもしようのないことである。私が親でもそうする。
ガイアドラグーンと再会したのは1週間後のことだ。祖父も両親も、よほど怒っていたのか、我がガイアドラグーンは味噌汁に塗れたまま、スタジアムに乱暴に放り込まれ幽閉されていた。私は目を疑った。美しかったガイアドラグーンの鋼の体は、今や錆びに錆びて、朽ち果てた梅干しのような様相を呈していた。
こうしてガイアドラグーンは真の姿になって間もなく、埋め立てごみとして捨てられることとなった。
おじいちゃんごめんね。
そして、ガイアドラグーンごめんね。