雄勝の空に響く復興の音 伊達の黒船太鼓保存会会長 神山正行さん
石巻市雄勝町を拠点とする和太鼓の演奏団体「伊達の黒船太鼓保存会」は、今年で創立30周年を迎えた。東日本大震災では太鼓などが流されたが、地域とともに立ち上がり、演奏の火を灯し続けている。同保存会会長の神山正行さん(54)は「震災直後は、こんな時に太鼓なんてできるわけないと思っていた。落ち着いたら誰かがやるだろう、という感じだった」と振り返る。
震災前、神山さんは同町味噌作で灯油販売をしていた。地震発生直後はすぐに近くのクリーンセンターに避難し、津波から逃れた。その後は同町の森林公園に移り、住民が持ち寄ったコメなどでしのぎ、6日間ほど過ごした。それから仙台市にある妻の実家に身を寄せ、そこから雄勝に通った。
震災から数カ月が経ち、地域が復旧、復興に歩み始めたころ、「黒船太鼓を復活させよう」という声が、当時副会長だった神山さんの耳に届いた。だが練習場である公民館やそこにあった衣装、太鼓などは全て流され、残されたものはほとんどない。
「太鼓の演奏を通して雄勝の魅力を伝えたい」と話す神山さん
神山さんは「今は太鼓どころじゃない」と再三の説得を断っていたが、伝統は絶やさないようにと、中学校への太鼓の指導などを続けていたという。
そんな中、静岡県から支援物資を持って訪れた人との出会いが転機となる。静岡県伊東市にも、石巻市の復元船「サン・ファン・バウティスタ号」のような黒船「サン・ブエナ・ベントゥーラ号」があり、その船をたたえる祭もあるという。そこへの参加を打診され、神山さんは支援への恩返しも込めて活動の再開を決めた。
保存会は震災を乗り越え精力的に活動を続けてきた
招待を受けて伊東市で演奏した後、そこから全国を回って感謝を込めた演奏を届けてきた。神山さんは「太鼓の支援を含め、さまざまな人の支えがあってここまでやってこられた。本当にありがたいこと」と話す。
来月に石巻市で開かれる「全国豊かな海づくり大会」では、海上歓迎・放流行事で同保存会が演奏を披露する予定で、今も練習に余念がない。神山さんも「震災直後の雄勝町は〝消えゆくまち〟とも言われた。今こそ演奏を通し、その存在感を全力でアピールしたい」と思いを込める。
未来はこれから まだ 3段目
復興に最高で10段の階段があるとすれば今は何段目か。それを問うと「3段目くらいだと感じている」と神山さん。震災前とは全く違う生活となり、まだスタートラインに立ったばかり。地域の営みが復興していくのはまさにこれからだ。
「雄勝は確かに不便かもしれないが、それでもいいところはいっぱいある。各浜の人たちが一緒になり、全体を巻き込んで大きな力になれば、町が面白くなる可能性は十分にある」
リアス式海岸の絶景と、のどかな生活。都市部にない魅力が雄勝にはたくさんある。それを生かすも殺すも、ハードの整備が進んできた今が正念場なのかもしれない。【渡邊裕紀】
現在、石巻Days(石巻日日新聞)では掲載記事を原則無料で公開しています。正確な情報が、新型コロナウイルス感染拡大への対応に役立ち、地域の皆さんが少しでも早く、日常生活を取り戻していくことを願っております。