三東瑠璃さんの「Matou」ライブ配信についての書き留め

 5月23日午後8時、「セッションオンライン劇場」にて、三東瑠璃の「Matou」をみた。神楽坂セッションハウスで実際に上演される作品を、同時刻にYoutube上で鑑賞する。お代はドネーション制。

 

 8時を少し過ぎた頃に始まる。映像とはいえライブ、とはいえ映像、真四角の枠の背後で揺れる見慣れた洗濯物は否応なく視界に入り込むが、明るい暗闇の中央から何かの輪郭が浮かび上がると、淡く焚かれた照明はそこが“ステージ”であることを証明する。私は部屋の明かりを消す。身体しかない。こちらに向いた平らかな部分、それを「背中」と呼ぶべきか。それが包み込んでいるはずの液体や浮かぶ臓の気配は、それを見つめる人の張り詰めた呼吸をも纏う。
 三東さんの踊りの評ではよく「柔らかい身体」について言及されていたように思うけれども、なるほど、確かに柔らかい。その柔らかさは私たちが二足歩行を会得する前の頃を想起させる。が、果たしてそうだろうか。身体を手に入れた生命体が、道具や、身分や、資本を着用する以前の姿。それは紛れもなく「人間」そのもの──であるべきだと私は思う。

 突然に画面が切り替わる。「次の動画」のリコメンド。あれ、間違えてどこか押したかしら。いや、息も止まってたと思うんだけど。「キャンセル」を押す。

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──「利用規約違反」

コンテンツが本契約に違反している、またはコンテンツが YouTube、ユーザー、もしくは第三者に損害を及ぼす可能性があると合理的に判断する場合、YouTube は独自の裁量によりコンテンツを削除できるものとします。削除する場合、YouTube はその理由とともに通知します。

 とはあるが、規約をざっと読んだだけではこの動画配信のどの部分が違反、もしくは「第三者に損害を及ぼす可能性」に当たるのかはわからなかった。

 8時45分から再開。
「劇場で見せたい『Matou』はまた劇場で。
 今日は今日しか見られない特別バージョン。」
 との前置きがあった後に再び照らされた身体は、服を纏っていた。

 服を纏った人間の身体は再び踊りを始めることで呼吸をし、生きていた。幸いなことに着用した服は体にぴったり張り付いたものだったし、肌や空間との相性も比較的良かったためか、服それ自体が作品としての強度に与えた影響は少ないと思えた。しかし当然のことながら、服の、皮膚の内側にあるはずの息遣いは、見る者の想像力に委ねられた。私はAIによって「不適切」とされてしまった先ほどの生命体に思いを馳せながら、今画面の中にある踊りを、人間として「適切」であると──人間ではない何かによって判断される身体を、決して少なくない人々がそれぞれの部屋で同時に見つめることの意味を考えていた。

「衣装も、そういう柄の生き物に見えました」 
 そういう見方もできるだろう。しかし、人工知能がその生き物を「人間の裸」と独断し排除したその直後に、私には衣服は衣服にしか見えなかったし、それが「人間」を覆い、隠し、「人間」が人間として生きるために着用する第一のものであることを忘れることはできなかった。

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 もしも、これが “通常” の、一つの空間に演者と観客が集まる公演だったら。観覧料を取る公演だったら。何モノかが「不適切だ!」と殴り込んできた場合──今のところそれが人工知能であることは考えにくいが、おそらくそのモノを追放し、どんな手を使ってでも作品にとって最良の装いで舞台に立つのではないだろうか。しかし私たちは今回、人工知能に敵わなかった。
 練習着を着用した状態で再開するという選択が作品の当事者として正解だったのか、それを省察できるのは三東さん自身であるから言及しない。しかし、個人的な希望としては、三東さんと三東さんの身体が人間、あるいは人間でないものに抗う姿をもう少し見てみたかった、とも思う。が、終演後の三東さんから溢れ出る言葉には、踊りを踊る者としての覚悟や葛藤が確かに垣間見え、何があっても踊り続けることと視線に晒されることを諦めない選択は、ダンサーとして当然である、とも率直に思った。

 しかし少なくともこの一連のできごとを目撃した人間は、人間がつくりだした人間ではない何モノかによって作品を「不適切」な「コンテンツ」と判断され、上演/鑑賞する権利を奪われたこと、その事実を無視し短絡的に「衣装も良かった」で思考停止すべきではない。
 人間が服を着るということの意味が図らずも「Matou」という作品の上演で露見したことを、今後の「上演」についての思惑も巡らしつつ、ここに書き留めておきたい。

 終演後、今回の上演において全ての鑑賞者の視線を媒介したカメラマンは、
「最初の上演はエロいお姉さんを見ているつもりで見てた」
 と告白した。
「人間」が「人間」を眼差す態度として、「とても正しい」と私は思った。


[追記]
YoutubeのAIアルゴリズムによる動画分析に関して、
Youtubeの公式ツイッターは、

現在新型コロナウィルスの影響により、通常通りの仕事を行うことが難しく、一部オフィスの人員を減らしていると報告。それに伴い、AIの稼働が増えることで、コミュニティガイドラインに違反していない動画が、通常期間よりも多く削除される可能性がある

としているらしい。
参照した主な記事↓


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