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読書記録|書く習慣

書く習慣

いしかわ ゆきさん著『書く習慣』を読み終えました。
これは、数記事前で紹介した本です。


ざっくりとした感想

なにか書いてみたい、でもなにを書けばいいのだろう、と悩む人にぴったりの内容です。

私はそういうふうに手が止まることはあまりないのですが(本当に日々の些細なことばかりを書いているので……)、かしこまらなくていい、感じたままでいいと背中を押してくれる言葉が多くちりばめられていました。

私は特に、第6章の『「書く」ことが与えてくれるもの』が好きです。

その瞬間のことは、その瞬間の自分にしか書けない。
だからこそ、写真を撮るように今の自分を残しておいてほしいのです。

『書く習慣』第6章 P259

感じたことは、ものによっては忙しい日々のなかでどこかに流れて忘れてしまいがちです。

心が躍っていてもたってもいられないこと、頭に血がのぼるくらい苛立ったこと、どよんと沈んでふさぎ込んだこと。

どれも過ぎ去ってしまえば、立体的なそのときの温度では思い出せません。そんな瞬間を書き留めておきたいよね、と共感しました。

また、熱いままで切り取られた瞬間にはその人らしさも見えますし、そういう文章は読むのも好きです。

個人的なひっかかり

優しく易しい内容で読みやすかった、と本を閉じかけ、カバーの折り返しの袖部分にいしかわさんのプロフィールが書かれていることに気がつきました。

「早稲田大学文化構想学部 文芸・ジャーナリズム論系卒」。

本で一番私が手が止まったのがその部分です。
めっちゃ頭がよくて文芸を専攻にしていた人が、気軽に書いていいんだよ、と言ってくれている本だったんだ。そう感じる私は相当ひねくれているのだけれど、主題はそこじゃないよね。すみません。


読書はあぶり出し

私自身は地方の大学出身で、よくいえば素朴、飾らずにいうと地味な大学です。有名な大学名を聞くとそれだけで構えてしまう癖があって、劣等感を覚えてしまうんですね。特に東京の有名な大学名を聞くと、なめらかでない気持ちが喉元らへんでいつも停滞します。

知的な人や都会で洗練された暮らしを送る人への憧れもあり、結局は、羨ましいな、いいな、という至極シンプルな言葉で片付いてしまう感情です。

仮に17歳の高校生がふたりいたとして、極端ですが、ひとりは放課後に港区の森美術館に行って作品を鑑賞して考える子で、もうひとりは地域の伝統行事に駆り出されて数珠を回して時間をただただ過ごす私のような子だったりするわけです。

根付いた歴史的な文化はあってもカルチャーはない、そんな田舎の暮らしに辟易としていました。悲しいかな、野暮ったさはどこまでいっても私のアイデンティティです。それが私のよさでもあるのですけれど。

田舎で育ち、進学先もまた別の地方の中都市にある大学で、どうしてこうも田舎者だというコンプレックスがあるのか、自分でもうまく言葉にできません。

そういっても私の大学生活は、とても楽しくてきらめきがありました。それは一応添えておきたいな。

終わりに

本を読んでいて面白いのは、こういうなんでもなさそうなところに目が留まり、自分のものの見方があぶり出されるところです。本の内容とは全然関係のないことだし、いしかわさん、ごめんね。

さて、本の中で、「うまく終わらせようとしなくていい」とありました。

「おわり!」と自分から言ってしまうこと。
(中略)勇気をもっておわらせよう。作者がおわりと言えば、どんな文章もおわる。

『書く習慣』 「書く習慣」をつくる52のコツまとめ より

所感ばかりを並べて、点と点をつながないまま、今日はこのまま終わりにします。おわり!

それでは、また。

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