
除霊のやり方はネットで学んだ。
実家を出でからずっとアパート暮らしだったが、ついに一軒家に住むことになった。庭付き、ガレージ付き、海近く、そしてDIYが可能と、わたしの条件をほぼ満たしていた。ただ予算は無計画にもほとんどなかったので、綺麗とはお世辞にも言えない物件だった。
物件の下見時にはハイになっていたテンションも、いざ引っ越してみれば本当に暮らしていけるのか不安になった。とても素足で歩ける状態ではなかったので、引っ越し業者の方たちには土足で上がってもらったりした。
家中の窓を全開にして、天井のくもの巣をはらって、水回りのカビ取り、サビ磨き、できることはやった。もともと掃除は得意ではないので、完璧ではないけれど、とにかく問題なく住めるようになったのだ。
そうして引っ越して2ヶ月。
寝室のベッドで昼寝をしていたときだった。
ものすごい耳鳴りがした。頭がずっしり重くなって、眼球に圧がかかったような視界の歪み、思うように動かせない重い身体。
これはもうオバケだ。古い家だしいるんじゃないかと思った。そういえば玄関に設置した人感センサーの照明が、夜中に突然ついたことを思い出した。その時は虫か何かだろうと自分に言い聞かせて、それでも怖かったので、トイレも我慢して、お風呂に入るのもやめてベッドに入ったのだった。
寝室は窓がなく、昼間でも暗い。さらに寝室の隣は開かずの間になっており、それがまた恐怖を増長させた。おそらく仏間であっただろうと思われる。
パニックになりながらも、幸か不幸かわたしにはオバケが視えないし、とにかくこの状況から脱しなければと思った。
「南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経!」
とりあえず頭の中で知っている言葉を繰り返した。意味はわからないが、「悪霊退散!」ぐらいの気持ちだった。
耳鳴りはおさまらない。
次!
「びっくりするほどユートピア…!びっくりするほどユートピア…!」
これしか思い浮かばなかった。情けないけれどこれしか思い浮かばなかった。これについての正しい知識はない。本当は全裸で踊り狂うのだったか、なにか動きが伴うのだが、金縛りのせいで立ち上がることはできない。発声できているのかいないのか、喉の動きはスムーズではないし、音もこもって聞こえる。
でもここで負けてはいられなかった。絶対に死にたくなかった。
「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」
大声を出すことで金縛りを解こうとした。まだ不自由さはあるが、先ほどより声が出ているような気がする。音はこもったままだったが、これ実はめちゃくちゃ声出てて、ご近所まで聞こえていたら恥ずかしいな、とふと思った。意外と冷静だったのかもしれない。
「びっくりするほどユートピア!!!びっくりするほどユートピア!!!」
わずかに手が動くようになったので、手を叩いた。なにかそういう除霊方法があったような気がしたからだ。力が入らないので強くは叩けない。相変わらず音がこもって聞える。あれ、音が響かないのってまずいんじゃなかったっけ?オバケ的に。知らないけど。
「びっくりするほどユートピア!!!!びっくりするほどユートピア!!!!」
パァン!パァン!パァン!パァン!
できる限りの大声で叫び、渾身の力で手を叩いた。恐怖ではあった。しかし笑えてもきた。滑稽すぎる。横になって、訳のわからない言葉を発しながら、めちゃくちゃなリズムで手を叩いている。猿でももっとリズミカルにやるはずだ。第三者から見たらわたしのこの姿こそ恐怖なのではないだろうか。
ふと、耳鳴りが弱くなったような気がした。まだ重いけれど身体が動く。わたしは急いで起き上がり、枕元に置いていたスマホの充電器を引っこ抜いて寝室から出ようとした。そんなもの放っておけばよかったかもしれないけれど、スマホを取りに再度寝室に行くのが嫌だったのだ。
わたしは多分、有事の際も財布を取りに戻ったりするんだろう。呆れるけれど。
そこで目が覚めた。
耳鳴りがして、金縛りにあっていたときの体勢そのままに、わたしはベッドに横になっていた。
夢と現実の境い目がわからず動揺した。
どこまでが夢だった?
とこからが夢だった?
考えても恐怖は増すばかりだった。
確かに起き上がり、スマホを手にした感覚があった。
ループしていたら怖いなと思いながら再度スマホを手に取り、エロ動画を再生した。
オバケはエロが嫌いなはずだ。
そうしてわたしはまだ生きている。