一日一日
先週、突然祖母に
『来週、一緒に千葉に行ってほしい』
と言われた。
旅行でもなく、
行きたい演劇がある訳ではなく、
祖母の姉の親戚(私から見ると会ったことがないくらい遠い親戚)が危篤状態だという。
大好きな祖母を1人で東京に行かせられない。
そう思い、自分の予定をキャンセルして
新幹線を取り、ホテルを取り。
向かう先は千葉の真ん中にある、
聞いたことのない地名の場所だった。
紆余曲折あり、
祖母、母、私、の親子三世代で向かうことになった。
今、私だけは次の日の予定があるから
日帰りで帰るため、新幹線にいる。
なんだか今日は、普段感じないような気持ちになった。それも一つじゃなく。
祖母とともに親戚の家に上がらせていただき。
祖母の兄妹や母の従兄弟など、
生まれてから会ったことのない、会っても赤ちゃんの頃だったから全く記憶がない人たちと対面した。
不思議な感覚だった。
面識はなくても、こうやって自分には繋がりがある人がたくさんいるんだって。
逆に、親族だけど、会ったことのない人はもっといるんだろうな、と。親族だから会わなければいけないというルールもないけれど、こういう血の繋がりも大切にしていきたいなと思った。
祖母と祖母の兄妹は、コロナの関係、其々の病気の関係で5年も会ってなかったという。
そして、今日会ったのは、祖母が1番仲良くしていた人。
久々に大切な兄妹に会った祖母。そして、重い認知症だけれども祖母のことを見た瞬間に、電気が走るように驚き、祖母の名前を発した祖母の兄妹。
2人が隣で泣き出した瞬間、祖母の育った環境やこれまでの人生のことを、祖母から聞いた限りだけれどフラッシュバックした。
良かったね、と思うと同時に、私も行って良かったと心から思った。自分の予定なんかよりも大事だった。三連休半ばに新幹線をとったり、ホテルをとることの少しの苦労も全て吹っ飛んでしまった。
そのくらい、自分に響いた。
だけれど、認知症はとても重くて、2時間一緒にいたうちに50回くらい名前を聞かれたかな。私も、母も、祖母も。そして祖母の兄弟の娘さんたちも。
『自分に娘いたの?え?』と、
自分の子供たちになんの悪気もなく言っているのを
目の前で何度も聞いたけれど、
自分が子供の立場だったら結構悲しいかもなぁ…と思ったり。でも認知症だから仕方ないのだけれど…。
ただ、その人が覚えていることは、自分の兄弟のこと、親のこと、そして自分が苦労したこと、誰かに何かをされて嬉しかったこと、だった。
それだけは、人から質問をそれて、ゆっくりだけれどしっかりと答えていた。
記憶は色々と曖昧になっているかもしれないけど、自分に響いたことは残る可能性が高いのかな、とか。脳科学者でもないから全く分からないけど、そんな気もした。
そして、祖母が
『私は、もうこんなに歳を取ったから、先のことは考えてないんだよ。まず起きて、今日もいい日にしよう!って毎日自分に話すの。で、美味しいものを食べて、美味しい!って言ったり。体操をして、デトックスしたり。そしてまた寝る。そしたらまた新しい日が来る。』
と、認知症の彼女に何度も話していた。
その言葉が凄く凄く忘れられなくて、自分もそうしないと、と感じた。
もちろん、まだ社会人になりたてで何も知らない私は先の未来を考えることも大事。どんな人になりたいかな、どんな人生を送りたいかな、これからどんなことやってみたいかな、などなど。
ただ、目先のやれることを大事にしようとする気持ちも持たないといけない。一日一日を噛み締めて生きていかないといけない。
将来のビジョンばかりを考えていた私にとって、心打たれた日だった。
そして、当たり前だけれど、
身近な人を大切に。
祖母はそんなことを私に気づかせたかったのかな。