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行きたい時に、行きたい場所に行けること

2022年の、春。私は狭いホテルの1室にいました。

部屋にあるのは、実家から持ってきた必要最低限の洋服(そのほとんどがスーツだった)と、日常に必要なスキンケアや用品や、ほんの少しの食料。本や日記もあるものの、実家で使っていたもののほとんどは、スーツケースには入っていませんでした。

でも、私は満ち足りた気持ちでいました。なぜなら、手近なバッグに必要なものを詰めさえすれば、今すぐにでも小旅行に行けると分かっていたからです。

ホテルがあったのは、私とは縁もゆかりもない九州。どこに行ったって、新鮮な景色を見ることができるし、初めてのお店や経験に出会えることが約束されていました。思えば、そんな身軽な生活は、したことがありませんでした。



私は、周りの人からちょっと引かれるレベルで過保護な両親のもとで育ちました。大学時代の門限は6時。……と言うと、「朝の6時でしょ?」なんて返す人がいますが、夜の6時です。20歳を超えても、18時が門限のままでした。

本来であれば自由に行きたい場所に行く年代である学生時代にも、友達と夕食を食べることすらほとんどありませんでした。家族みんなで揃って食事を食べることを差し置いて友だちと食べに行くなんて、できなかったのです。

しかも、大学1年生の時に発症したメニエールに、大学3年生の時にはコロナ禍も始まり、私は”自由”をほとんど知らないまま社会人になったのでした。大人になったら、もっと不自由な生活が待っているのだとすら思っていました。

けれど、社会人になって最初の3カ月、私は九州で3カ月ホテル暮らしをすることになったのです。

もう守るべき門限もなければ、そもそも毎日が旅行のよう。旅先から旅に出ることがどれほど楽なのか、私は考えたこともありませんでした。

恋人や友だちと旅行に行ったことすらなかった自分には、一生そのチャンスはないだろうとさえ思っていました。でも、少なくとも今の自分は、行きたいと思った時に行きたい場所に荷物をまとめてすぐにこの部屋を出発することができるのです。

そう思った途端、私は心底幸せだなぁと思いました。

別に出かけなくてもいいのです。でも、出かけたかったら、必要なものは全部ここにあって、いつでもここを去ることができる。人生で初めて感じた”自由”に、「これがずっと続けばいい」と何度思ったことでしょう。

もちろん、3カ月のホテル暮らしは終わり、普通の社会人としての生活が始まりました。けれど、会社を辞めた今、その日の朝に「(新幹線で)大阪行ってくるね!」と言って家を飛び出せるくらい、私は自由な人生を生きています。

それがどれほど幸せなことかが分かるようになったという点においては、学生時代までの不自由にも感謝できる気がします。


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この作品は、アドベントエッセイです。クリスマスまでの24日間をワクワク過ごしてほしい、という思いから、「24年の人生で見つけた、24の幸せ」をテーマに毎日1本ずつエッセイを書いています。

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元町ひばり
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