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Memexが紡ぐ知と科学技術の未来/ヴァネヴァー・ブッシュ Vannevar Bush (1890-1974)

IT史には必ずといっていいほど、Memexの名前が現れる。みなMemexからインスピレーションを受けた。ダグラス・エンゲルバートのNLS、テッド・ネルソンのザナドゥ、アラン・ケイのダイナブック、そしていまのパーソナルコンピュータやインターネットへと繋がる。そのMemexを考え、そして戦後の科学技術の振興を推進したのがヴァネヴァー・ブッシュである。


幼少期から学術の道へ

ヴァネヴァー・ブッシュは1890年、アメリカ・マサチューセッツ州チェルシーで誕生。彼は教育熱心な家庭に育ち、父は地元の教会の牧師であり、母も子どもの教育に熱心だった。幼少期から科学や数学に興味を持ち、創意工夫に満ちた発明家としての素質を示していた。高校時代には電気の基礎を独学し、複雑な装置を自ら組み立てることもあった。

1909年、タフツ大学に進学。そこで機械工学を専攻し、理論と実践の両面で優秀な成績を収めた。1913年には学士号と修士号を同時に取得するという異例の成果を達成。その後、ゼネラル・エレクトリック(GE)で短期間勤務するも、現場作業よりも理論的な研究に興味を抱き、アカデミアに戻ることを決意した。

初期の研究と微分解析機の開発

ブッシュはMITに進学し、電気工学の博士号を取得。その研究の一環として、真空管を用いた電気回路の解析に取り組んだ。この研究がきっかけで、彼は複雑な数学的計算を機械的に行う「微分解析機(Differential Analyzer)」を開発。このアナログ計算機は、科学研究や工学分野における膨大な計算を効率化し、コンピュータ技術の先駆けとなる画期的な成果を生み出した。

微分解析機は気象予測、航空力学、さらには電力網の解析など、広範な分野で使用され、計算機科学の歴史において重要なマイルストーンとなった。この装置を通じてブッシュは、理論研究を実用技術に結びつける能力を発揮し、その名声を確立した。

第二次世界大戦と科学政策

1930年代後半、ブッシュはアメリカ科学界における重要な指導者となり、カーネギー財団の副会長として活躍。第二次世界大戦が勃発すると、彼は「国家防衛研究委員会(NDRC)」の責任者に任命され、軍事技術の開発を統括した。特に、レーダー技術の進化や新型兵器の設計において中心的な役割を果たした。

彼のリーダーシップの下で、NDRCは後の「マンハッタン計画」にも間接的な影響を及ぼした。しかし、ブッシュ自身は核開発計画には直接関与していない。彼の主な関心は、戦争を効率的に終結させるための科学技術の適用にあった。

「As We May Think」とMemex

1945年、ブッシュは雑誌 The Atlantic にエッセイ「As We May Think」を発表。この中で提案された「Memex」は、個人が膨大な情報を記録・検索し、リンクを辿ることで効率的に知識を活用するという装置だった。メムックスは今日のハイパーテキストやインターネットの基本概念を予見しており、多くの科学者や技術者に影響を与えた。

「私たちは、情報の膨大さによって思考が妨げられるのではなく、むしろそれを拡張する方法を模索しなければならない」という彼の言葉は、情報技術の未来像を先取りしたものだった。

戦後の科学技術政策と晩年

戦争終結後、ブッシュは科学技術政策の再編に尽力。彼が執筆した報告書「科学の終戦後の再編成(Science, The Endless Frontier)」は、アメリカにおける科学研究の基盤を築く上で重要な役割を果たし、1947年の「国立科学財団(NSF)」設立に繋がる指針となった。

その後もブッシュは科学教育の普及や自然科学の振興に尽力。1960年代には「人類の科学的探究を支えるための社会的インフラの強化」に関する提言を行い、後進の指導に力を注いだ。

1974年、ブッシュは84歳でその生涯を閉じた。彼の思想と業績は情報社会の基盤を築き、多くの科学者やエンジニアにとって今なお指針となっている。

結語

ブッシュの生涯を貫くテーマは、知識を結びつけ、新しい形で活用することにあった。「科学の進歩とは、過去の知識を新しい形で編み直すことである」という彼の言葉は、その思想を端的に表している。彼が未来を見据えた洞察力は、現在のIT技術においても確かに息づいている。

ヘッダ画像:This portrait is credited to "OEM Defense", the Office for Emergency Management (part of the United States Federal Government) during World War II, Public domain, via Wikimedia Commons


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