Python:新しいプログラミング言語を生み出した男の軌跡/グイド・ヴァンロッサム Guido van Rossum (1956-)
近年に日本で爆発的に利用人口が増えているプログラミング言語といえばPythonだろう。日本ではRubyが生まれたこともあってか個人的な肌感覚として諸外国に比べ利用が少なめな印象だったが、AIやデータサイエンスといえばPythonだとして日本でも爆発的に普及しつつある。そんなPythonを作ったのがグイド・ヴァンロッサムである。
OSSでは基本的に自由な開発を推奨しつつも論争が起きたときにはリーダーシップが必要とされる。最初から委員会システムをとるOSSもある一方で、Pythonにおいては彼がその役割を長年担った(”Benevolent Dictator For Life”=慈悲深き終身の独裁者などと呼ばれる)。Pythonは1991年発表。2018年に彼はその役割の引退を表明して後継者を指名していない。2-30年経つとOSSもまた世代交代の問題にぶつかるのであって、そうした事象もまた興味深いものである。
幼少期から学生時代
1956年、オランダで誕生。幼少期から数学やコンピュータに強い関心を示し、大学ではアムステルダム大学に進学した。コンピュータ科学を専攻し、プログラミング言語やソフトウェア開発に強い興味を持つ。学業と並行してインタラクティブなプログラミング環境に触れ、後の活動の基礎となる発想を得た。
ABC言語との出会い
卒業後、オランダ国立数学情報学研究所(CWI)に所属し、教育用言語であるABC言語に携わる経験を積んだ。ABCは学習しやすい構文を重視した言語だったが、その普及は限定的だった。だが、このプロジェクトに関わったことで「シンプルかつ拡張性を備えた言語を作りたい」という思いが強まった。
Python誕生
1980年代後半、クリスマス休暇中に新たなスクリプト言語の開発に着手し、1989年前後に原型が完成。イギリスのコメディ番組『モンティ・パイソン』から名付けたPythonを1991年に公開した。オープンソースという形で公開されたPythonは、柔軟な設計と読みやすい文法によって徐々に注目を集める。インタプリタベースでありながら高い生産性と大規模開発に耐えうる拡張性を両立させたことが、多くのエンジニアに歓迎された。
「Python is an experiment in how much freedom programmers need. Too much freedom and nobody can read another's code; too little and expressiveness is endangered.」(引用元: Python-Dev Mailing List 1998, Guido van Rossum)
こんな言葉を残し、過度な自由度の弊害と必要最低限のルールの重要性を語ったこともある。
コミュニティとBDFL
Pythonの人気が高まるにつれ、世界中のエンジニアがコミュニティを形成していく。開発の中心人物として自らを「Benevolent Dictator For Life (慈悲深い終身の独裁者)」と呼び、コミュニティ運営のリーダーとして振る舞った。重度の管理を嫌いながらも必要最低限の秩序を保ち、幅広いユーザーの要望を受け入れつつ柔軟に言語仕様を進化させた。
アメリカ移住と企業での活動
やがてアメリカに拠点を移し、Pythonの普及とさらなる開発のために活発に活動した。2005年からはGoogleに勤務し、自身が生み出した言語を同社のプロジェクトに活かした。検索エンジンやクラウドプラットフォームを支えるインフラにPythonが取り入れられ、言語の存在感はさらに高まる。
2013年にはDropboxに移り、オンラインストレージサービスの大規模システム開発でもPythonの実力を証明した。膨大な数のユーザーが利用するクラウド基盤でありながら、スクリプト言語を活用して高い生産性と拡張性を両立させた。
コードからの距離と新たな舞台
2018年にPythonリーダーの座から退くことを表明し、長年続けてきた「終身独裁者」の役割を終了させた。言語設計の最終決定権を手放すことで、コミュニティ主導の開発に移行する道筋をつけた。2020年にはマイクロソフトに加わり、Distinguished EngineerとしてPythonやオープンソースへの貢献を続けている。
人柄と影響
穏やかな物腰とユーモアを併せ持ち、インターネット上でもフランクなコミュニケーションを心がけてきた。Pythonのコミュニティにおいてはユーザーを尊重し、問題解決のためのアイデアを積極的に取り入れる文化を育んだ。その結果、科学技術計算からWeb開発、機械学習に至るまで幅広い分野で採用される言語に成長した。
IT技術史に残した足跡
多くのプログラミング言語が存在する中で、Pythonは独特の地位を築いている。可読性を重視した設計方針とコミュニティ主導の開発体制は、後発の言語やフレームワークに影響を与えた。特にAIやデータサイエンスの台頭とともに重要度を増し、各種ライブラリやツールが急速に充実していく原動力となった。
本人は常にシンプルさとユーザー体験を優先し、「すべての人のための言語」にするというビジョンを掲げてきた。教育現場や初学者からプロフェッショナルまで幅広い層が使いやすい環境を提供したことで、プログラミング教育や大規模システムの開発手法にも大きな影響を与えている。
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参照
Doc Searls, CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0, ウィキメディア・コモンズ経由で