美 琴

ゆらゆら 揺らいで生きている

美 琴

ゆらゆら 揺らいで生きている

最近の記事

わたしは わたしは

先日 高校時代お世話になった先生と同志と話す時間があった もちろんおしゃべり大好きなわたしは両者と話せるのが嬉しいと思っていたし 久しぶりに会う両者を会わせるのも楽しみだった 同志と呼ぶひとはここ最近よく会い話す機会があるので 先生がいることによって、どんなふうに話が広がって深まるかわくわくしていた 話すことが仕事でもある先生はやっぱり話すのが上手だった し、自分と似ていることがあるからか話の展開が心地よかったし わたしも歳を重ねてこんな大人になれるかな、なりたいなと思

    • エンターテイメントという仕事

      飽きる、ということばは使いたくないけど 歌詞がことばになったとき わたしはそれに飽きたとも言えるのでしょう でも飽きたくない、思い出のあるものばかりなので どうしたら飽きずにいられるだろうと考えながら 音楽番組を見たりする 以前は生のパフォーマンスよりも 完成された音源やMVを見ることが多かった だから生のパフォーマンスでアレンジが加わったりすると わたしが聞きたいのはこれじゃないんだよなあと思ったりした でも最近好きになったグループたちは 毎回同じパフォーマンスな

      • 歌詞がことばになったとき

        歌を歌として好きでいるとき 純度が高くていいなと思う 感覚的な好き 色褪せない感じ ことばにならない、けど好き、っていう (何も考えていない、とも言う) でもただ作品だった歌が 突然ことばとなって はっきりと、わたしの中に降りてくる感覚が好きだ でも、そのあとなぜ今降りてきたのか 考えようと何度も頭の中で繰り返されるとき そこで消化してしまうと 意外にもそれはただのことばで 最初に感じていた 純度の高い好きは、もう感じられなくなる そして 色褪せていく 悲しいけど わ

        • 可動域

          ヨガをはじめて1年とすこし。 やっぱりこれくらい、ある程度の月日を重ねないと わからないこと(落とし込まれないこと)ってあるよなー 最初は ・息が通りやすくなること ・柔軟性を高めること が主な目的になっていて 今でもほとんど変わりはないけど ・可動域を広げる という挑戦的な意味合いも含まれる目的も増えました 可動域ってすごくすごく狭い 動かせてますけどー??と思っていても それはそう感じているだけで 実際中の骨は動いていない。 初めて聞く骨の名前 そもそもどこに

        わたしは わたしは

          付加価値

          付加価値って奥が深い 誰が言うか、何て例えるか、によって 受け取り手の印象は変わる 最近濃く感じることだけど 表現者と仲介者は得意分野が違う 私はこれまで憧れが強すぎて 陽の部分しか見ていなかったと思う だからどこか他人事な行動 でも今は今の自分にできる最大限を 常に探し続けることを楽しめるようになった ひとそれぞれ言い方に色があっていいからこそ わたしは何て言いたいか。 働く場では、ただの「わたし」を知る人のほうが少ないから かっこつけようと思えば なりたい自

          私の読書遍歴

          わたしは昔から文章から摂取することが好きなんだと思う 映像やイラストも嫌いではないんだけど こだわりが強すぎで 受け入れられないものも多い だからそのあたり自分の融通が利く ことばから自分の思うように想像できる 文章が好きなんだと思う ぶっちぎり絵本で思い出すのは 「バムとケロ」シリーズ 以外とまわりに知ってる人がいなくてショックを受けているところ。。 小学校のころ 児童文学と言われるシリーズは 青い鳥文庫がダントツ。 「黒魔女さんが通る」に「若女将は小学生」 「パス

          私の読書遍歴

          カタチになる

          ここ最近 今の自分の気持ちをそのままカタチにしてくれたような 作品と出合うことが多い じぶんでは言葉にできていなかった気持ちを 言葉にしてくれたり 絵として 空気を表現してくれたり それによって 自分の気持ちを整理できたり 代弁してくれてるから 仲間ができたように心強くなったり わたしにはできない表現のおかげで あたらしい発見があったり 前を向くきっかけをもらってる。 たとえば ひたすら言葉にするもの。 小説みたいに。 ことばしかないから、ことばにするしかなくて

          カタチになる

          What is heartwarming

          心温まる という表現を使いたい場面もあれば ハートウォーミングだね、と 言いたいときもある 最近 よおく考えて あれはハートウォーミングだわと思ったこと ひさしぶりの出勤 もう知らない同僚も多いなか 休憩でごはんを食べるとき 1時間だからそこまでだらだら食べるつもりもないのに ストローがプラスチックだった。 お店では 紙ストローが導入されて 希望する方には プラスチックで提供したりなんかも なぜプラスチックなのか、に関しては ストローの感触に左右されない、とか

          What is heartwarming

          内側と外側ニ

          いつもわたしは内側にいるお店で お客として外側にいることが重なった月 仕事ではない空間に変わり こんな景色なんだなと思う 働いているときは少し緊張が混じったりするのに 長い時間を過ごしたからこその居心地が良い空間だと感じる 景色は変わらない でもわたしの感じ方は変わる 内側にいるときに考えていることを 外側にくればそれをただひたすら受け取り感じる側になる 不思議な感覚だった。 どんな風にいるのがいいだろうと最初はどぎまぎ。 まあ考えすぎても大体空回りだから 一旦深

          内側と外側ニ

          内側と外側イチ

          内側にいるという認識について。 自分からくるもの。 わたしはここで何ができるか 何をしたいか 何を学びたいか 同じ内側のひとからくるもの。 指摘を受けたり 同じ方向を向いて話すことができたり そして外側のひとからくるもの。 目線だったり 声をかけられることだったり 最後の「外側のひとからくるもの」を 最近強く実感できることがあって 実際お店に立ってお店で会うひとからの言葉は強い。 しかもお店でしか会わない関係なひとだとなおさら。 マイナスなことだってもちろんある

          内側と外側イチ

          身につける

          今日もすばらしい時間を過ごさせていただいた。 あのとき もっとこんな話したかったな こんな展開で話進めたかったな と思うところはたーくさんある。 でも 自分の思うような展開に進めるなんて 何十年会話を積み重ねていかないと きっとそんな流れを作れない それに その時々同じ場にいるひとによって 次の会話は違うわけだから それまた違ってくる 前は やっぱり自分の話したいことを話したいだけ できないとしゅん 今は そうできたらよかったけど できなかった!から次どうするか。

          身につける

          やりたいこと

          今日の反省。 そのときの空気をまず読むことができなかったなあ もっと、さ 元気ー?とか わあ新しい制服似合ってるね!とか 言うことあったじゃんか それなのに 何で今わたしがここにいるのか、不思議かもしれないな って自分で考えて 先にその理由を聞かれてもいないのに話し出す そうじゃなかったなあと反省 そしてもうひとつ。 なぜわたしがまた戻ってきたか あらためて話す機会がありそうで考える、のと なんだか今日その答えがひとつ見つかったようなかんじで たぶん若さを吸い取り

          やりたいこと

          無駄なもの、について

          無駄なもの けっこう強めなことば 無駄なものって人によって違うんだよなあ 無駄ってなんだろうなあ 優先してやるべき日常のタスク以外で 本人が これは今のわたしにとって超重要事項なんだ...!みたいなことかな。 でも無駄とも思えることをあえてやる (これはやっている本人以外の目線?だってやってる本人は無駄だと思っていないのだと思う) それって頭の体操のような気もするし こころの余裕のような気もするし 人生の柔軟性にもなるような気もする 無駄ってなんなんだろうね で

          無駄なもの、について

          「人財」

          人財とは。 人はただの労働力、手足ではなく 価値ある存在になれるということ、なのだろうか そもそも価値がない人などいないのだけれど。 テスト終わったあと みんなと話していて 最後の授業で使ったプリント見ればよかったね〜とか言ってて その時点でわたしの回答は 今回も社会的根拠が少ない持論を繰り広げてしまったかも、と ほんとうに情と勢いでここまできてるなあと今回も感じた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  私は多様な形の愛を持った「人材」が「人財」

          「ホスピタリティを発揮する力」のために

          ホスピタリティ わたしは大学入学前 持ち前の自分の興味の世界しか見えてない視点で 狭義の意味で捉えていた でも少しずつ世界を知っていくことで ホスピタリティって生きている人類にみな必要なスキルなんだよなあ の思考まで広がってきた 1年生の頃 感情労働がなんとかって騒いでいたのが懐かしい でもあのときは本当にそう思っていたわけで 徐々に相互依存のステージへ ただひたすら自分がみんなが幸せであってほしい それだけ。 でもそれだけじゃいけない世界も世の中にはあって

          「ホスピタリティを発揮する力」のために

          アトリエ

          ここ最近のアルバイト。 ひさしぶりに体力的な単純作業だった まだまだ頭が追い付いていない私にとって 張り切って力になれる作業ともいえる いつもなかなか言葉を交わすことができないんだけれど 最近はすこしずつ自分の中で落としどころがついて 質問しやすくなっていろいろお話しできたり 今日もすごく楽しかった 自分の興味ある分野だとこんなにも次々に案が出てくるなんて。。 問題なのはあまり関わりの無かったテーマのとき 興味ある分野と同じように視点を持って 古いもの新しいものに囚