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52赫兹我愛你 台湾85世代は今
フォルモサ(麗しい島)の異名を持つ台湾には絶景の自然がひろがる。ゆえに台湾映画には山紫水明の風景と、昔ながらの暮らしが描かれてきた。だが、大都市の暮らしはどうだろう。対照的な2本の映画に、台湾の今と昔を見る。
奄美の声
今をさかのぼる1999年ごろ、屋久島や甑島など九州の離島を訪ねて、滞在型エコツーリズムの研究をしているグループがあった。チームを率いるのは、ゴミ博士のあだ名を持つ環境経済学者であった。
ある日、ゴミ博士は奄美へ調査に出かけた。ふと立ち寄った店で、美しい唄声を持つ青年に出会う。奄美の人の歌声に感銘を受ける。
その若者は、島を出て、琉球の大学に進学する夢を語っていた。
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屏東の声
その声の主が誰であったのか、今となっては定かではない。
そんな奄美のエピソードを思い出したのは、およそ10年後のある日、台湾の映画を見た時であった。
屏東県の小さな街に
日本から歌手がやってくる。
鄙びた港街は、俄かにザワツク。
日本からやってくる歌手というのが、奄美の人だった。
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海角七號
その映画とは、
『海角七号 君想う、国境の南』であった。
海角七號
電影官方blog
屏東恒春 TAIWAN. R.O.C.
夕景を背に
恒春の浜に奄美の声が響く。
地元バンドの演奏が、舞台に花を添える。
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国境之南
映画のストーリーは、「国境之南」という副題に集約されているから、ここではふれない。
舞台は、都会から遠く離れた台湾南海岸である。ジンベイザメが悠然と泳ぐ大洋に面する港町。
どこか懐かしい海景が、日本人の郷愁を誘う。
52Hz, I love you!
それとは対照的に、台北の都会暮らしを描いた最近の映画もある。
《52赫兹我愛你》
雀雀看電影さんのページより。
2月、台北の街
52Hzで囁くクジラの声は、誰の耳にも届かない
仲間とは異なる52Hzの周波数を持つクジラは、いくら囁いても声が届かない。大海原をたったひとり泳ぐクジラの姿に、大都会の住民の孤独を重ねる。
台北に住む4人の物語。
バラを配達する生花店のオーナー
小心(シャオシン)
チョコレートを配達するパティシエ
小安(シャオアン)
楽器店でバイトするミュージシャン
大河(ダーハー)
屋外イベントを仕切る地方公務員
蕾蕾(レイレイ)
4人をとりまく平凡ではない人たちが一波乱を起こす。(*1)
全編にバイクが登場し、台北の街並みを走り抜ける。バイクにまたがっているかのような、目まぐるしい映像が途切れることなく写し出される。
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バイクの洪水
かつての台湾映画では、在来線の特急車両に乗って地方へと向かうシーンが好んで描かれた。それは今でもみられる光景だが、都市の日常ではない。
台北の街角に立つと、あっという間にバイクの波にのまれる。立ち尽くして、バイクの大群が過ぎ去っていくのを、ただただ眺める。
それが台北の現実である。
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配達する若者
映画に登場するデリバリー経済は、台北の今を象徴している。
それに伴い、事故も増えているという。
映画の中でも、なにかが起こりそうだ。
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ポスト・ニューシネマ世代
小心、小安、蕾蕾を演じる3人の俳優は、1985年から1986年生まれである。その頃、台湾の映画界にはニューシネマ旋風が吹いていた。
大河を演じる俳優は、1976年生まれだが、映画では他の3人と同じ世代を演じる。アミ族の出身であり、母語で歌うこともある。 (*2)
4人は、映画プロモーションの音楽イベントにも出演している。その表情からは、音楽を仕事にできる嬉しさが伝わってくる。
往年のニューシネマを知らない世代が、今の台北を生きている。
多様性の島
『52赫兹我愛你』は、台湾という島の多様性を表現したカラフルな映画である。選んでいる職種も自由であれば、選ぶ相手も自由である。
♪ Do Mi Meiyo So
(多・米・没有・梭)
ドとミがあって、ソがない
それぞれに問題を抱えた登場人物が、多様性を認め合って暮らす。くすんだ台北の実像を、少しだけ彩度を上げてポジティブに描く。バイクを走らせながら、途切れることなく音楽劇が繰り広げられる。
舞台のミュージカルのように現実から離れた映像があったかと思えば、日本人にもおなじみの淡水の橋を渡っていたりする。現実と架空が入り混じり、どこまでもカラフルである。
台湾の多様性を、色鮮やかに表現する。
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実在の市長
電影の世界はカラフルでも、現実はどうだろう。
映画の中では、あるイベントで挨拶する市長役の人物が登場する。
この人物、どこから見ても、いかにも本物感がある。
簡潔明瞭なスピーチが妙に耳に残る。
手段や過程は どうでもいい
実はこの人物、撮影当時、実在の市長であった。(*3)
広々とした河沿いの公園で、力強くスピーチする市長。
眠れる若者を目覚めさせ、迷いを断ち切るかのようだ。
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屏東の海、新北の河
『52赫兹我愛你』を見ていて、ふいに、この作品が『海角七號』とリンクしていることに気が付いた。
バイクのエンジンがスタートせず、思わず
ギターを叩きつけるぞ!
と叫ぶ。
どこかで見覚えのあるシーンだ。名作へのオマージュを込めた表現かと思いきや、同じ監督の手によるものであった。(*4)
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陽射し溢れる
監督が一貫して描くのは、華やかな舞台を陰で支える人々の姿である。
陽射し溢れる台湾の公園には、色とりどりの花が咲き乱れる。
花屋の店員は、誰かに花を届けるために、街を奔走する。
私達はカササギ 愛を運ぶ鳥
想いを運ぶほど 翼は重くなる
誰かの幸せを支えるために、人知れず努力する人がいる。
普段は目立たない誰かが、思いがけず主役になる。
そんな特別な1日を、主人公と共に楽しみたい。
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Photos by H.Okada in Taiwan 2000-2019.
<脚注と補注>
*1)
花屋の店主は小心(シャオシン)、店名は「小心花店」である。
*2)
ミュージシャンの卵である大河を演じるのは、歌手の舒米恩(スミン)である。現実の彼は、台北金馬映画祭において最優秀映画オリジナル歌曲賞を授賞した。標準的な中国語を話す中華文化圏の祭典である金馬祭の授与式で、アミ語の歌声が響き渡った。
*3)
映画に登場するのは、柯 文哲 (前)台北市長である。
*4)
魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督作品である。