道標としての演歌バッグ
自問自答ガールズお馴染み、俗に言う「演歌バッグ」を買った。
実は演歌バッグをいわゆるハイブランドで買うつもりは全くなかった。縁のないものだと思っていた。なのでそれを買うまでの過程を残しておきたい。
(思いの丈を全部入れたら6000字を超えた。お時間ある時にどうぞ)
「経済活動の歯車になりたくない」
田舎生まれ田舎育ち、初めて都会に住んだのは約10年前。新卒で就職した時のこと。
私は都会には住めないと思った。あれはあくまで遊ぶ場所。
仕事が終わって帰る時、空を見上げても星が見えないことが辛かった。
夜のビルが煌々と輝いているのが恐ろしかった。
自分の使ったお金が回り回って夜のビルを輝かせて星を見えなくさせてると感じた時、もう耐えられなかった。社会の歯車になるのは仕方ないけど経済活動の歯車にはなりたくないと強く願った。
他にも色々あったが、仕事を辞めて田舎に帰った。星空が見えることにほっとした。
実家に戻って再就職してぼちぼち働いているが、お金を稼いでいることに意識を向けないようにしていた。あくまで自己成長のための仕事であって、お金は二の次三の次。生きていける最低限稼げればいいよね。そんな感じでここ数年暮らしていた。
バッグ大好き
話は飛ぶが、私はバッグが大好きだ。部屋着とよそ行きの服すら区別が怪しかった学生時代でも、バッグは定期的に買っていた。
おそらく私にとってバッグは内面と外界を繋ぐものなのだと思う。だから定期的に買いたくなってしまう。
「自分」を自分の目で見ることはできないけど、ずっと鏡を見ている訳にもいかない。というか鏡に映っている自分は「自分」とイコールではない。バッグを買うのはどのような内面の自分がどのように世界と向き合うかという意思表明のようなもののイメージ。
(似たようなカテゴリに財布がある。ライフスタイルにあう財布を探し求めて色々見て回った結果、グレンロイヤルのマネークリップに辿り着いた。どのようにお金を使うかというのはどのように生きるかに繋がると思う。)
バッグが好きで、なぜそのバッグを選んだのか読むのが好きだからあきやさんや自問自答ガールズの方々の演歌バッグ購入の記事は大好きでよく読んでいる。
ブランドバッグで検索をかけて一番気に入ったバッグを待ち受けにしたりもした。
ただ、ハイブランドと言えば都会で輝く百貨店。資本主義が渦巻く場所。前述のトラウマもあって自分が買うイメージが持てなかった。
私の愛は深すぎる
更に話は飛ぶが、服というのは儚すぎないか。気に入って半年前に買った柄物スカートがもう毛玉ができているのだが。着るけど。
グラニフの愉快な柄Tシャツも夏にほぼ毎日着ていれば2年も経てば色が禿げて外に着て行けなくなる。着るけど。
レザーバッグなら5年経ってもまだまだ使えるのに...。
気に入ったものは飽きるまで着たい!飽きるまでに着れなくなるのは悲しすぎる。
手洗いすればいいじゃんとも思うが、正直服にそこまで手間をかける習慣がない。むしろガンガン洗って育っていくような頑丈さや経年変化にキュンとくるタイプなので、よほどでない限り洗濯に気を使うことはないだろう。偉そうに言えたことではないが。
モノに対する愛が深すぎるんだろうなと思う。自分の愛が続いている時に使えなくなることは、大袈裟に言えば自分の一部を失うような苦痛を覚える。しかし興味を無くせばすぐにセカンドストリート行きなので、ものすごく自分本位な愛である。
(余談だが、だから人を愛することはできないんだろうなと思う。モノよりもヒトの方が変化の幅が大きいから興味が続くか分からないし、凄く自分本位に言うと、変化するタンパク質ごときに私の愛が受け入れられるか?と思っている。
変化するタンパク質である自分が変化の少なめのモノに執着するなら問題は少ないが、変化するタンパク質同士ではすれ違いや悲劇が起きやすいのではないかと思う。だからこそ尊いのだろうけれど。
というか自分という変化するタンパク質に精一杯で他のタンパク質に執着できる余裕がない。もっと深く掘ればnote1本書けそう。)
気に入った柄物の服が劣化するのが悲しい。これを解決するひとつの策が「柄はバッグで入れれば良くない?」である。好きな物に好きな物を合わせて一石二鳥を狙う作戦である。
気に入った柄物アイテムとして導入するには服は儚すぎる。バッグも布なら汚れてしまうかもしれないが、レザーなら長く使えるのでは?そう思って「総柄 レザーバッグ」で検索をかけて見つけたのが今回購入した演歌バッグだ。
『図南の翼』
美しいと思った。正直、使うよりも部屋に飾りたいと思った。
形が端正。柄が上品ながら派手だけど、形が綺麗だから上品寄りに印象を留めてくれている感じ。
そして何より柄がどストライク。春節コレクションだからどことなくオリエンタルな感じだし、個人的には大好きな小説『図南の翼』の表紙に似ていて惚れた。
色合いが何となく似ているし、表紙に虎もいるし。小説内に出てくるのは白い虎に似た騶虞という騎獣だけど。だからバッグの方は白い虎の方が好みだった。(別の形なら黄色い虎もいた)
この物語の主人公、珠晶(表紙の女の子)は私の尊敬するキャラクターだ。名前も彼女に寄せているぐらい。
(ここからはバッグと言うより『図南の翼』について語っているので、飛ばしてもらって大丈夫です。要するにエモーショナルな小説なのです)
これは『十二国記』というシリーズのうちの1冊。麒麟という神獣が王を選ぶ世界が舞台のファンタジー。
主人公の珠晶は王が27年いない恭国に住む12歳の女の子。豪商の娘で、不自由ない生活をしているが、王のいない国は荒れるばかり。王になるため、麒麟のいる蓬山へ過酷な旅に出るというストーリーだ。
初めて読んだのは10歳ぐらいだったが、同年代の主人公に感情移入したり思い切りの良さにハラハラしたり。
珠晶の成長譚として読んでも楽しいが、大人になっても心に刺さる場面がたくさんある。むしろ大人になってから読むと忘れていることを思い出させてくれる小説だ。
大人になると常識が固まってきて、新しい概念を拒否したくなる。しかし理解できないことを拒否せず、あるがままを受けとめれば分かることだってある。そういうことを思い出させてくれる。
他にも過ちを認める勇気や本音でないと伝わらないことがあるということを思い出させてくれるが、ひとつひとつ語ればバッグの話から更に遠ざかるのでそろそろ戻ろうと思う。
(『図南の翼』の話ここまで)
試着
そんなこんなでエモい小説を連想させるバッグに出会ったのだが、冷静に考えるとGUCCI。縁がないと思っていたハイブランド...しかしあきやさんのバッグもGUCCIだし自問自答ガールズの記事でも結構出てきて、前よりは身近になってたブランドGUCCI...。
悩むぐらいなら動く。ひとまず試しに行くことにした。試しても思ったほどでない可能性もあるし。
調べると春節限定コレクションで発表されて半年ほど経ってるので、1部の店舗にしか残っていなかった。大阪で唯一残っていた店舗に行くことにした。
開店すぐは誰もお客さんがいなくて勇気が出なかったので、しばらく時間を潰してから突入。その店舗でも残り1点だったようで、奥から出してもらった。
虎柄の袋の中から出てきたバッグを見たら、煌びやかすぎてビビったが、部屋に鎮座する未来はとてもありそうだった。おそらく私の未来には馴染む。
一応持たせて貰った。ショルダーベルトがバッグの柄のとGUCCIの赤緑ウェブラインのと2種類あり、お得〜と思いながらウェブラインの方で持たせてもらった。柄は派手だが形が綺麗なので意外に持ちやすい。正直気持ちが高揚しすぎて冷静に見れないが、すごく素敵だ。とりあえず写真を撮らせてもらった。
中身も見たら、ポケットにまで柄が入ってて最高。見えないこだわり大好き!
財布とスマホといった最小限の荷物は入る。ペットボトルはもちろん入らない。サブバッグを探すか手で持つしかない。マイナスポイントはそこぐらいだが、この価格のバッグにペットボトルを入れる勇気は出ないし、逆にちょうどいいかもしれない。
気持ちは買う方向だが、流石に即決できないので名刺をいただいて店を出た。
勢いづいて気になってたマルジェラのバッグも試すことに。
店頭に出てなくて奥から出してもらった。色は黒。2サイズあって両方試したけど、小さい方には最小限の荷物が入らなかったので大きいの一択。マチはあるけど上がすぼんだデザインだから斜めがけにしても馴染むのは嬉しい誤算。ハンドバッグとしてもクラッチとしても持てるし、何気に開けやすくて形は最高。
しかし色が黒というのがネック。黒しか在庫がないようだった。何処にでも持って行けるし、あれば便利な色だけど、そういうバッグならヘルツやキソラで買うと思う。(質実剛健、機能性全振りのバッグのイメージ)どうせ買うならハイブランドでしか買えなそうな色や柄がいいなと思った。
サイトをこまめにチェックすることにする。
清水ダイブ!!!
帰宅して自問自答する。
マルジェラの方は良い経験だなあという感じだったが、GUCCIの方は何としても手に入れたい気持ちが高まってしまった。ネックは2点。
①は流石GUCCI様。約30万円強。これを支払えるかどうか。
服飾関係の予算は1年24万円で考えてたので、普通にこれひとつでオーバーする。
しかし支払えないかどうかと言われたら支払える。
毎月の使える上限を決めているだけで、それ以外のお金は貯金口座と投資信託に入れるという運用でやっているので、払うお金はあるのだ。前述の通り、あまりお金に意識を向けない生活を送っていたのであまり実感はないが。
これを機に貯蓄率を計算すると、63%と出て笑った。高い。(車検費用など、確実に出ていく貯金も合わせてだが)
事務職でそんなに給料が高いわけでないが、そりゃいつの間にかお金増えてるわな。さすが実家暮らし。そういえばボーナスは月の予算に入れてないし、それも大きいかな。
大きな買い物も当分ないと思う。
...え、買わない理由がなくない?貯金も数字の姿より虎になりたいと思う。本物の虎を飼うより安いと思うし、幸せになる壺を買うより確実に幸せになるはずだし。健康増進費として計上してもいいでしょ、知らんけど。
という訳で、お金については問題なし!
最大のネックは②。ハイブランドを買う覚悟があるかどうかだ。資本主義の権化であるハイブランド(自分の中では)を手持ちに加えるのは、過去の自分が仕事を辞めてまで拒否した「経済活動の歯車」になることにならないか?
というか、あのバッグに出会って数週間。ブランドバッグを買う時って何店舗も回って何個も試して買うものだと思ってたから、正直、「お前、正気か?」という気持ちも拭えない。
色々考えたが、それを吹き飛ばしたのは「好き」の気持ち。バッグが好きな自分。柄物が好きな自分。『図南の翼』が好きな自分。それらが背中を押してくれる。というか「ブランドバッグ」が欲しいんじゃなくて「あのバッグ」が欲しい...!
しかし勇気が出ない。更に自問自答。
頭だけ動かすのもアレなので撮らせてもらった写真を見た。馴染んでる…?少なくとも浮いてる感じはない。少なくとも写真の自分が楽しそうでいい感じ。
そもそもあのバッグがハイブランドでなかったら即決して買っていたと思う。「ハイブランド」だからといって欲しいものを我慢する理由にはならないのでは?
そもそも拒絶したのは縁もゆかりも無い土地で経済活動をすることであって、学生時代からたまに遊んでた土地ならそこまで嫌ではないのでは?
色々考えても清水の舞台から飛びおりる勇気が出なかった。そんな中更に背中を押してくれたのはこの記事。
好きでよく読む記事だが、当事者として読むと身に染みる。
資本主義を受け入れて稼いだお金と向き合うことを決意した自分の演歌、資本主義に拒絶反応を示してくたばった自分への鎮魂歌。そしてそれらを忘れないための道標として。
タイミングも品物自体も、これ以上ないほどエモーショナル。
...覚悟は決まった。
購入!
さて、買う決意をして店に向かう。相変わらずいきなり入る勇気が出ないので色々な店で時間をつぶし、突入。在庫は残ってた。(良かった)
もう一度見せてもらい、鏡の前で合わせる。今度はバッグ柄のショルダーベルトで。ウェブラインよりあっさりした印象だけど合うね。
やはり前回の印象通り、いや、自問自答を繰り返した結果、前よりも更に私に馴染むものになっていた。
購入する旨を伝えると、ふっかふかのソファに案内されてフローラルで爽やかなお茶をいただいた。緊張して全部飲んだ。
GUCCIに入る前に別の店で香水を試したからか、「お似合いだと思う」ということでGUCCIの香水を試させてくれた。トンボ柄で名前はアルケミスト。軽やかフローラルで良い香りだった。香水経験値が足りないため正直よく分からないが、購入候補としてPinterestに保存した。
あと、支払うとき楽天ポイントがつくというので、「あ、現実...!」となった。お得なのでもちろんつけてもらった。
思ったよりあっけなく、演歌バッグを手に入れた。
心を占めるのは「賭けに勝った」という思い。都会で色々な価値観を受けて自分が失われる恐怖を感じながら、自分でいられる最善策をとってきたつもりだった。自分の中では賭けのようなものだったが、今自分は自分のまま、ブランドバッグを買える程の大人になったのだ。泣きはしないが、まさに過去の自分への鎮魂である。しみじみしてしまう。
バッグ最高!!
湿っぽい話はここまで。ここからは私の可愛いバッグを自慢する!完全に余談である。
さて、家に帰って部屋の一等地に飾っている。毎日鏡の前で手に持っている。意外とお出かけ着に合うんだよな。まだ使うよりは飾りたい気持ちが大きいけど、きっと使いたくなるのはそんなに遠くない。
ブランドバッグが来てから、毎朝部屋を換気するようになった。生活にハリが出てきた。とても健康にいい。
これから
演歌バッグを購入した。世界が広がった。何かバッグを買うときにこれからはハイブランドも選択肢に入るだろう。
今回のバッグはGUCCIというブランドだから買ったのではないが、ハイブランドでなければこの柄でこのデザインの製品が出なかったのではないかと思う。ハイブランドのエネルギーを感じる。いい経験だ。バッグ好きとしてはハイブランドをこれから注視していきたい。(財布を買うのもありだね)
あのバッグがないと見えないものもきっとあるような気がしている。何せまだ買って1週間。買ったときの決意を無駄にしないように活用したい。
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