韓国の北緯38度DMZ(非武装地帯)ツアーにぼっち参加してきた話
韓国に行く日本人は多いかと思うが、韓国と北朝鮮にまたがる非武装地帯を実際に見学して両国の関係について学ぶことができるDMZツアーなるものが存在していることはご存じだろうか。
(DMZ:De-Militarized Zone、非武装地帯)
今回は、このツアーに女一人で行ってきたのでその体験をお伝えしようかと思う。
そもそものきっかけ
もともと休暇を取って中国へ友人に会いに行く予定のみだったのだが、中国ビザを取得できるのが平日のみでビザセンターまで2度赴く必要があり有休をそれで消化するのも勿体ないため、144時間滞在トランジットビザ制度を利用していた。
そしてそのトランジットビザの使用条件の1つに第三国行のチケットが必要ということがあり、どうせなら行ったことのない場所に行ってみようと考えていた。
色々思案する中で、そういえばお隣の韓国には行ったことがないなあ、という思考に至った。
地理的にも近く、往来が活発な国であるだけあって航空券も調べると便数が多く、安いものも多数見受けられた。
善は急げ、ということでその場で中国→韓国行と韓国→日本行の航空券を購入し、韓国に行くことに決定した。
さてせっかく行くからには何か目的をいくつか決めて行きたい。
私の旅のスタイルはガチガチに旅程を組むことはせず、行きと帰りの飛行機の時間を抑え、目的を数個決めればあとはフリースタイルで街を見て回るというやり方だ。
目的の一つとして、以前からtwitterなどの媒体で存在を知っていた北朝鮮との国境南北付近、軍事境界線にある非武装地帯のツアーを掲げた。
北朝鮮という国に渡航したことのある人はごく僅かですべてが謎に包まれており、どこか危険な香りがする特殊な場所であることはほとんどの人にとって言うまでもない共通認識であろう。
ソウルは地理的に北朝鮮にとても近く、距離的にはすぐに軍事境界線に行けるのだ。そしてこのDMZツアーでは、どうやら展望台からその北朝鮮の様子を望遠鏡で覗き、かつ朝鮮分断の歴史や現状について知ることができるらしい。
せっかくソウルに行くからには見に行く他はなかった。
ネットで調べると複数会社にてツアーが催行されているようで、その中身はどの会社も同じようなものであった。
言語としては主に英語・中国語・日本語のものが多いように見受けられた。
私はその中で日本語に対応しているKKdayという台湾のツアー会社が催行するDMZツアーに参加することにした。
ネットでポチポチ操作をしてエントリー完了。費用は8000円ほど。あとは参加の日を待つのみ。
韓国現地にて
前日譚
東大門の市場にある食堂で、おばちゃん特製の参鶏湯の丸鶏の肉を箸で骨から剥がしている時に、申し込んでいた旅行会社から下のメールが飛んできた。
ネットで申し込む際に時間帯を選べたのだが、朝に弱い私はなんとなく10時のツアーを選択していた。しかし、どうやら希望時間のツアーが催行に必要な日本人の最少人数に満たなかったようだ。
行くからにはちゃんと内容を理解したかったし、英語よりも日本語の方がいいだろうということで、朝6時55分集合に快諾する旨のメールを返信した。
丁寧に返事のメールを貰い、参鶏湯を食べながら明日に思いを馳せていた。
ツアー当日、朝
目覚ましを朝6時に設定し、ホテルの部屋で支度を済ませる。
従業員もいないホテルのエントランスに降りて入り口に行くと、背の高い眼鏡をかけたお兄さんが携帯をいじりながら立っているのが見えた。
もう時間だし、あの人か...?と思って恐る恐る近づく。すると、
「DMZ tour?」と英語で聞かれた。
そうです、と頷くと、お兄さんが「OK」と言いながら何やら携帯を操作する。続けて向こう側に見える白バンの後部座席に乗るように指示された。
誰もいない少し裏路地の場所で、誰もいない白バンに乗る。お兄さんは外で何やら電話をしているようだ。
しばらくすると電話を終えたお兄さんが車の運転席に乗り込み、無言でエンジンをかける。
この時点で私は既に不安になっていた。こんな小さいバンで1人でどこまで連れていかれるんだ…?そもそも日本語のツアーのはずでは…?
そんな私の心配をよそに、朝のソウルの街中を走り始める。
平日のソウル。バンから通勤途中のサラリーマンの人々の姿が見える。外が人が多い場所のため、その景色を見ていざとなったら窓を割って逃げられると思い心を落ち着かせながらお兄さんとも一言も言葉を交わすことなく道を進んでいく。
しばらくすると大通り沿いの道沿いにバンが停まった。お兄さんはシートベルトを外し車を降りる。向こう側に目をやると両親・息子・娘のような4人組がいる。
お兄さんとその家族は何やら話をして、同様にバンに乗り込んできた。その家族は中国語で会話をしており、どうやら中国人の家族らしい。ひとまず自分以外にも参加者がいた事実がわかったこと、一気にバンの中の人が増えたことで安堵した。
そして再びバンは動き出し、ソウルの街を進んでいく。
流れる景色を眺めていると、街中でまたバンが停止した。そしてお兄さんから車から降りるように指示される。
なんだなんだ。このバンでツアーに行くのではないのか。
わけもわからず降りると、お兄さんから続けて向こう側に見える二人のお姉さんのところに行くように指示された。
バインダーを持ったお姉さん達に近づくと、一人が日本語で話しかけてきた。
「こんにちは!DMZツアーご参加ですね。お名前をどうぞ。」
どうやら出欠をとっているようで、名前を伝えると脇にある大きな観光バスの右側の座席に前から詰めて座るようにと指示された。
バスの内装はものすごく"観光"感満載で、すでに10人弱ほどが座っていた。
さきほどのバンはどうやらお迎え用のものであり、実際に現地に赴くのはこの大型観光バスらしい。
その後も続々と参加者が集い、最終的に40人弱ほどになっていた。
どうやら、バスの右側は日本人が座り、左側には中国人が座りエリアが分かれているらしい。参加比は日本人:中国人=3:5くらいだった。
周りを見渡すと若い人たちも含め、中年以上のご夫婦とみられる方々なども参加していて多種多様であった。
参加者が揃い、お姉さん2人も乗り込みドアが閉まる。バスのエンジンが始動し、ゆっくり動き出す。
周りを見渡すと、配置はだいたいこんな感じ。
すると、すかさず一番前の席に座っていたサンバイザーをかぶった日本語ガイドさんがひょこっと椅子から体を出して、体を後ろ向きにして我々の方を向きしゃべり始める。
「こんにちは!DMZへのご参加ありがとうございます、今日の日程から説明しますね。」
とても流暢で明るい日本語で解説が始まる。
なるほど本当に観光ツアーという感じだ。
日程の流れはこんな感じらしい。
臨津閣→都羅展望台→第三トンネル→統一村→ソウル(3時ごろ解散)
※もともとDMZツアーには北朝鮮の朝鮮人民軍と韓国の大韓民国国軍が互いに見張りを続ける板門店という場所が組み込まれていたが、2023年に米軍がDMZツアー参加中に北朝鮮に越境し北朝鮮当局に拘束された事件が起きたため、それからDMZツアーでは板門店行きの行程はなくなっている状態であるという。
DMZ(非武装地帯)と民間人統制区域については、ガイドさんからも以下の説明があった。
DMZツアーにはガイドを除いて韓国人は行けないこと、30人以上の団体でないと非武装地帯の入場チケットが買えないこと、毎日何十台も観光バスでDMZツアーに行っているほど盛況なこと、欧米人なども多いことなども伝えられた。
30人以上でないといけないため、今日は人数的にちょうどいい日本人参加者と中国人参加者と合同開催になったとのことだ。
また、チケットを買うために事前に情報入力をする必要があるとのことで、QRコードを前の席から順番に渡され読み取って情報入力を順番に行った。
その後はガイドさんが袋をもって席を回り、参加者のパスポートを集めていった。パスポートとの情報が違っているとまた買いなおしとなるため、入力した情報が誤っていないか確認するように何度も強調された。
日本語ガイドさんの解説がひとしきり終わると前を向いて座った。
すると今度はサングラスをかけたカッコいい中国語ガイドさんが立ち上がり、同様に体を後ろに向けて綺麗な発音の中国語で中国人参加者に向かって同様の内容を喋り始める。
私は中国語がある程度分かるため、日本語と中国語の両方のガイドを聞いていた。
ガイドのお姉さんは二人とも韓国人のようだが、日本語・中国語いずれも速いスピードで淀みなく解説が進んでいく。さすがプロのガイドさんということもあり、二人とも朝鮮の歴史にはじまる北朝鮮や韓国の現状などの話を聞き手の興味を引くような上手な語り口で教えてくれた。
(日本語と中国語の内容は8割ほどが同じで、あと2割はガイドさん独自の感想だったりそれぞれの国の事情や文化に合わせたガイドを行ってくれていた。)
1948年に南北が分断した後、韓国は1950年に始まった朝鮮戦争の休戦状態となっていることから男性の徴兵制を開始し、現在まで続いている。昔は徴兵の期間が36カ月だったが、現在は18カ月となっている。給料ももらえるのだという。
韓国には儒教思想が未だに根強く残っており、年齢(年功序列)をとても気にするのだという。軍では年齢関係なく入った順番に序列が決まってしまうため、年下より下になるのが嫌で大学を休んで早めに軍に行く人が多いのだという。
一方で北朝鮮は男女ともに徴兵制があり、その期間は男性11年、女性8年なのだという。
2024年、未だ朝鮮戦争の休戦状態は続いている。70年余りの歴史の呪いから解放され、若者が青春を最大限に生かすことができる日が一刻も早く来ることを願うばかりである。
【臨津閣】
ソウルからバスに乗って1時間もしないうちに到着したのはこの場所、京畿道坡州市にある臨津閣である。
韓国人も含めた民間人が自由に立ち入りできる最北端の場所でサービスエリアのような様相を呈しており、ちょっとしたフードコートや観光案内所のような場所があり、横に遊園地の施設があったり。
先ほどのガイドにもあった通り、すでにたくさんの観光バスがずらっと並んでいて観光客で大盛況だった。休日であればさらに観光客は増え、また遊園地にも韓国人の家族連れが遊びに来て人がもっと多くなるらしい。
ここでガイドさん2人が先ほど集めたパスポートを持ってチケットを買いに行き、その間我々参加者たちはしばしの間の自由時間となった。ツアー参加中は3時にソウルに戻るまでご飯は食べられないとのことを聞いていたので屋台でホットドックを買った。
一息ついた後に集合場所に行くとガイドさんがチケットを持って待っていた。中国人参加者は識別のための赤色のIDホルダー、日本人参加者は黄色のIDホルダーを首から下げておくように指示された。
そして日本人参加者と中国人参加者で別れて団体行動し、臨津閣のツアーが開始した。
ひとしきり解説を受けた後は、再び自由時間となった。
この自由時間には敷地内にあるお土産屋さんで北朝鮮の紙幣を購入することができるといい、希望者だけついてきてくださいねとガイドさんに言われていたものの、全員来ていた。(来ないわけがない)
北朝鮮の紙幣はすべて金日成の顔写真が印刷されており、その場で売られているものはピン札で卒業アルバムのようなカバーで装丁されていた。
お札全種類セットが1万円だったか2万円だったかで記念に買って帰りたかったのはやまやまだったのだが、北朝鮮の紙幣を日本に持って帰るのは違法になりうるかと思い購入は思いとどまった。
【検問所】
我々ツアー団体は再びバスに乗り臨津閣を離れ、そう遠くない検問所に向かっていた。
ここでまたガイドさんの説明が入る。
検問所より先は民間人出入統制区域となり、一部の住民や観光客以外は立入禁止で手続きをしないと入ることは許されない。また、ここは軍事施設のため撮影禁止である。
ガイドさん曰く、検問所にいる兵士はソウル大などのエリート大を徴兵で休んで来ている人が多いとのことだ。
面白かったのは、日本語と中国語のガイドさんどちらも「今日はイケメン軍人さんいるかな~」と言っていたことだ。
検問所に到着し、バス内に軍人さんが立ち入って我々1人1人のパスポート確認を行っていた。一抹の不安もありながらも無事にチェックを通過した後は、いよいよ民間人出入統制区域へと入っていく。
さらに面白かったのは、日本語ガイドさんは「どうでしたか?好みのイケメンいましたか?」と聞いてきたのと、中国語ガイドさんは「今日はイケメンおらんかったな」とバッサリ言っていたことだ。
【都羅展望台】
しばらく地雷の標識が見える坂道をバスを走らせ、一行は観光客の一番の目玉ともいえるであろう都羅展望台に到着した。
韓国側の景色を見ると、黒いビニールで覆われている場所が多いことに気づく。そこでは、名産の高麗人参を栽培しているのだという。先ほどまで居た臨津閣も見渡すことができる。
ここでもガイドさんの解説をひとしきり受けた後、望遠鏡がずらっと並ぶ展望台に上がる。
都羅展望台の位置からはちょうど開城が見える。望遠鏡を使うと軍事境界線付近ではためく韓国国旗とそれに向かい合うように北朝鮮国旗がはためいている様子、スローガンや鉄塔などが見える。
そして民間人が生活し、歩いている様子も見える。その景色を見て、謎に包まれている国であっても人が生活しているのだと、当たり前のことながらあらためて感じられた。
気になる方はぜひDMZツアーに参加し都羅展望台に来て実際に見てみてはいかがだろうか。
【第三トンネル】
第三トンネルとは、北朝鮮軍が南側に進行するために作ったトンネルのうち三番目に見つかったもののためそのように呼ばれているのだという。(全部で20個あって、韓国側は4つ発見したのだとか。)
ガイドさんからは事前にここは長い坂があったり暗い場所が続くので、体力に自信のない人や閉所恐怖症、暗所恐怖症の人は無理をせず入らないように、という注意を受けていた。また、飲酒をした状態・薬物使用者は中に入ることができない。
ここも撮影は禁止で、ロッカーにスマホを含め荷物を預けて入る。入り口には保安場があり、そこで検査を受けることになる。
中にはトロッコもあるそうだが、私が行った当時は壊れていたそうだ。
【統一村の農産物販売所】
統一村は軍事境界線から韓国側に500m下がったところに作られた人が居住できる唯一の村だ。ここに住むことができるのは朝鮮戦争が休戦した当時の住民とその直系の子孫のみで、住人は納税を免除されるなどといった優遇を受けるものの移動や行動の制限があるのだという。
この統一村には農産物直売所があり、我々ツアー団体は村には入れずここに立ち寄ることになる。名産品の豆・高麗人参・米(Twitterで話題になったDMZと呼ばれる米がここで販売されている。日本に持ち帰る際は韓国で検疫の検査証明書を貰いましょう)をそのまま販売していたり、それらを使ったお菓子などを購入することができる。
ここで買うことができる米は韓国一美味しいと言われている。なぜかというとこの一帯は開発されておらず、きれいな空気で栽培されているからだ。
黒豆と白豆を使ったチョコレートを購入した。
味もとても上品でおいしく、訪れた方にはぜひともおすすめしたい。
外では大豆を使ったソフトクリームも販売されており、こちらもおすすめだ。
ソウル帰還
そうこうしてツアーのすべてのチェックポイントを見終わり、また1時間ほどバスに揺られてソウルに戻ってきた。朝早くから歩き回って活動していたことと、緊張感が解けたことでぐったりしていつの間にか眠っていた。
解散地点は弘大か市庁駅前かで選択することができた。DMZツアーでしばしの緊張感を味わった後はオシャレスポット・弘大や明洞も近い市庁駅近くで気持ちを中和させましょう。
まとめ
板門店に行けなかったのは残念であるが、朝鮮南北分断にまつわる歴史や現状を学び、北朝鮮の様子を遠目でもこの目で見られたのは貴重な経験となった。
非武装地帯が思ったよりも観光地化されていて朝鮮戦争以降緊張状態がいまだに続く場所とは思えないほどだったのが意外だった。
ぼっち参戦でもとても楽しめたので、韓国に行かれる方はぜひDMZツアーへの参加を一考してみてはいかがだろうか。