連載「司法書士の契約書作成権限を考える」Vol.6 日本司法書士会連合会の活動を根拠とする主張
グループは、
①日司連が平成28年に復興庁からの要請を受け、自治体職員向けに、定期借地権設定契約書案を提供するとともに同契約に関する講習を行っていること、
②平成31年版司法書士白書には「司法書士は、当事者が直面する社会生活上の困難に対し、司法書士の従来業務を活用し、法的支援をすることができる。同性カップルに対しては、パートナーシップ契約書の作成を支援することにより(以下略)」との記載があること、
③第87回日本司法書士会連合会定時総会における執行部答弁があること、
④月報司法書士令和6年5月第627号における山本泰生、谷口毅司法書士の発言が存在することが、司法書士が契約書等の権利義務関係書類を作成できる根拠であるという。
定期借地権設定契約書案の提供について
しかし、①については、定期借地権は登記することができる権利である以上(不動産登記法第3条)、その登記原因証明情報でもある定期借地権設定設定契約書の作成が司法書士の業務となりうることは当然である。
法務局や裁判所、検察庁へ提出する場合以外の権利義務関係書類の作成権限の有無が争点である「契約書作成権限の有無」に関する議論に持ち出すのはお門違いであろう。
パートナーシップ契約書の作成支援について
②について、文面を良く読むと、「司法書士の従来業務を活用し、法的支援をすることができる」「パートナーシップ契約書の作成を支援することにより」との記載されている。
登記することができる権利ではない「パートナーシップ契約」について、司法書士ができることはあくまでも「支援」であり、契約書の作成そものはできないという筆者の理解や判例等の立場をむしろ裏付けるものであるように見える。
ちなみに、パートナーシップ契約書の作成について「支援」する行為は、「行政書士法1条の3の4号に定める「前条の規定により行政書士が作成することができる書類の作成について相談に応ずること」に該当する。
このため、そもそも行政書士の独占業務ではないので(同19条)、司法書士が手がけても無資格者が手がけても問題はない。
司法書士白書の記載も、このことを踏まえてのものと思われる。
第87回日本司法書士会連合会定時総会における執行部答弁について
③について、同執行部が「権利義務に関する書類作成を司法書士が行うことについての法令上の制限はない」と発言したという根拠について調査したところ、月報司法書士第606号(令和4年8月10日)において、「REPORT 第87回日司連定時総会」という記事を発見することができた。
これを見ると、確かに、「事業報告において、権利義務に関する書類作成を司法書士が行うことについての法令上の制限の有無について検討したとあるが、この検討結果についてお聞きしたい。」との質問に対して、「現時点での検討結果では、権利義務に関する書類作成を司法書士が行うことについての 法令上の制限はないと整理している。この見解についての解説は月報司法書士などを通じて会員に周知していく。また研修会の講師派遺も行う。」との答弁が存在した。
回答者である日司連の執行部員は、あくまでも「現時点での検討結果」と前置きしつつも、「『権利義務に関する書類作成』を司法書士が行うことについての法令上の制限はない」としているが、平成23年において認定司法書士が訴訟外の和解について和解契約書を作成したことについて福岡法務局長が行政書士法違反にあたるとして懲戒処分を科した事例や、いわゆる法的整序や専門的判断の問題について、司法書士の書類作成業務について法的な制限があるとした高等裁判所や地方裁判所の裁判例(これらの裁判例については、グループもこれを支持する立場のようである)の存在をどのように位置付けるのであろうか。
もっとも、下級裁判所の裁判例は「法令」ではなく、法源性を有さないともされるので、「ご飯論法」との批判は免れないと思われるが、この意味では未だ「法令上の制限」ではないと述べることは自体は可能だ。
行政書士法違反についても、報酬を得て業としてするのでなければ法違反にはならないので、例えば、司法書士が無償で行政書士が作成すべき契約書等を作成する場合においては、平成23年福岡法務局長の懲戒事例を踏まえてもなお「法令」上適法であると述べること自体は可能だろう。
ただ、そのような主張に実質的な意味があるのか疑わしい。
月報司法書士令和6年5月第627号について
④について、グループが引用する発言は山本泰生、谷口毅両司法書士のものであるが、山本司法書士は、
と述べており、「合意がすでに形成されたものを書面化できないわけはありません」と述べながらも、結論としては「他の法令・ 特に他士業法で規制されている場合には作成できませんよね。規制があれば規制に従うのはもちろんです。」と注意深く述べており、行政書士法で規制される契約書等の権利義務関係書類について、司法書士が作成できるとは厳密には述べていない。
福岡法務局長平成23年懲戒処分例では、まさに、司法書士が「合意がすでに形成されたものを書面化」し、「訴外の和解案や合意書」を作成した場合について、和解契約書を代理人として9件作成したことが弁護士法違反、契約書の作成のみを60件行ったことが行政書士法違反であると判断されており、「合意がすでに形成されたものを書面化」する場合は法令違反ではないとする主張が当局の容れるところになるか疑わしい。
司法書士は、弁護士と異なり、単位会や連合会が自治的な懲戒処分権限を有しておらず、懲戒権はあくまでも法務大臣が握っている。
仮に、司法書士会の役員や執行部が適法であると述べたとしても、その役員や執行部員には司法書士法上の懲戒処分を行う権限はなく、それらの見解や発言によって懲戒処分の有無が左右されるわけではないことに留意しなければならないだろう。
また、谷口司法書士は、
と述べている。
しかし、いわゆる(司法書士法施行規則)31条業務(後記)は、そもそも司法書士の独占業務とは解されておらず、また同条に「契約書等の権利義務関係書類を作成」することを認める文言があるわけではないので、ここでは踏み込んで論じない。
他方で、「一般企業が契約書などを作った場合」や「遺言の文案の作成」など、一般的には行政書士の業務とされる行為を司法書士や一般企業が行った場合に行政書士法違反になることを批判する発言もみられるが、それらが職業選択の自由に照らして合理的な規制か否かについては、 最判平成22年12月20日 行政書士法違反被告事件(いわゆる家系図事件)において議論が尽くされているといえるだろう。
同事件において、裁判所は、「 個人の観賞ないしは記念のための品として作成され、対外的な関係で意味のある証明文書として利用されることが予定されていなかった本件家系図は、行政書士法1条の2第1項にいう『事実証明に関する書類』に当たらないと判示し、宮川光治判事の補足意見として、
との解説が付されており、「事実証明に関する書類」とは、「官公署に提出する書類」に匹敵する程度に社会生活の中で意味を有するものに限定されるべきものであるとして、谷口司法書士が指摘する職業選択の自由を加味した最高裁の立場が既に示されている。
つまり、「会社員が勤務したり欠勤したりするという事実が発生したら会社に対する権利義務関係が変動しますし、電車に乗るという事実が発生したら鉄道会社との間で権利義務関係が発生」するといった軽微な権利義務関係の異動について、行政書士等の「特定の士業」が、その「専門家」であるとして「権利義務や事実証明の書類の作成を独占」しかねないという懸念は、同判例により既に解決しているのである。
また、やはり谷口司法書士の発言を良く読むと、「遺言書の作成」ではなく「遺言の文案の作成」(つまり、文案を参考にして最終的に遺言書を作成するのは依頼者本人だから、行政書士法違反ではない)と言ってみたり、「國賀さんがご専門にしている企業法務や、私が専門にしている財産の管理、承継などについては、私たちが専門性を遺憾なく発揮して、法律関係文書の作成を担っていく」としている。
結局、谷口氏の発言は、いわゆる31条業務である「当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、管財人、管理人その他これらに類する地位に就き、他人の事業の経営、他人の財産の管理若しくは処分を行う業務又はこれらの業務を行う者を代理し、若しくは補助する業務」等に関係して、当事者の「代理し、若しくは補助」ができる場合において、「法律関係文書の作成」もできると述べているに留まり、山本司法書士と同様に、事前に良く検討して、発言自体が行政書士法違反の教唆にあたるとの指摘を避けているように思われる。
つまり、両司法書士の発言を、前後もあわせてじっくりと読み込むと、じつは、両司法書士は、グループが(両司法書士の発言の要約であるかのようにして)述べるている「司法書士が契約書作成権限を当然に有している」との結論は提示していないように思われるのである。
したがって、両氏が、(31条業務などの法令上の根拠や、他法で規制されている場合はできないとの留保を置かずに)「司法書士が契約書作成権限を当然に有している」との見解を述べているから、それが「月報司法書士」を発行する日司連の公式見解であり、これにより司法書士が契約書などの権利義務関係書類を作成できるというグループの見解は、その前提となる資料の読解を誤っているのではないかと考える。
根拠法令など
ちなみに、司法書士法施行規則の当該規定と、行政書士法において事実上これに対応する総務省の課長通知を参考までに引用しておきたい。
両者の外延は完全に一致するものではないが、行政書士法第19条においては、「他の法律に別段の定め」がある場合は行政書士の独占業務を行っても行政書士法違反にはならないとされている。
したがって、司法書士が31条業務の一環として管財人、管理人、成年後見人などに就任して契約書などの権利義務関係書類を作成する場合については、もとより行政書士法違反にはならないと考えられており、筆者もこれを否定する立場ではないことを明らかにしておく。