
冒頭意見陳述要旨(NHKほか事件)
令和6年(ワ)第32828号損害賠償請求事件
意見陳述要旨
東京地方裁判所民事第37部合議A係 御中
原告 宮 城 史 門
1 私は、原告の宮城史門です。今回の事件の要点と意義について説明をさせてください。
2 この事件は、要するに、被疑者・被告人の人権を軽視する商業的な姿勢を隠そうともしない被告ら報道機関と、そうした報道機関を利用し、虚偽告訴といった行為により捜査機関を利用することをも厭わない、悪意に満ちた「被害者」、すなわち“悪意の被害者”である被告Tの責任を問い、真実をあきらかにし、私の名誉を回復させるための訴訟です。
3 まず、被告NHKは、私が、捜査機関からそのような嫌疑をかけられたことすらないにもかかわらず、「不正アクセスをして」元勤務先のクラウドサービスを削除したという報道を、インターネット及びテレビ放送で、前後2回にわたって執拗におこないました。
そもそも、他人の名誉を貶めるような報道をするのであれば、その根拠を確保する責任があるのは報道機関の側ですが、私には、「不正アクセス」をして元勤務先のクラウドサービスを削除した件について一切心当たりがありません。
それなのに、被告NHKは、あたかも私にそのような略式命令が下されたかのような報道を行いました。当然ですが、略式命令にはそのようなことは書かれていません。
4 被告高知放送についても、実際にはそうではないにもかかわらず、「業務で使⽤するファイルや個⼈の名簿,取引先のデータなどが含まれていた」アカウントを削除したとの報道をインターネットと地上波で繰り返しました。
しかし、私は、そのような行為をした覚えは全くありません。あえて心当たりがあるとすれば、取り調べの中で、警察官から、「被害者からは、データをまるごと削除されたという告訴が出ている。」と告げられたことぐらいです。検察官からも同様の指摘を受けました。
ところが、実際には、元勤務先は、私から借りていたクラウドサービス(Google Workspace)から別のクラウドサービス(Dropbox)にデータを全て移行しており、私が貸していたクラウドサービスを削除した時点では、元勤務先のクラウドサービスのデータは、既にもぬけの殻だったのです。
私は、クラウドサービスの管理者として、こうしたデータの動きを把握できる立場にあったので、このような様子を見届けており、むしろ安心して、貸していたクラウドサービスを削除したものでした。
5 被告高知新聞も、同様に、私が元勤務先から「サイト管理」を任されていたにもかかわらず、「データ管理」に使っていたアカウントを削除したなどとの報道をインターネットと新聞によってされました。
しかし、私は元勤務先で「サイト管理」をしていたことはありませんし、その任務に反して、「データ管理」に使われているアカウントを削除するような危険な行為をしたことはありません。
私は、ITパスポートという情報技術系の国家資格も持っていますが、このような私にとって、これらの表現は非常に不名誉で、私の社会的評価を低下させるものです。
6 そして、何よりも強調したいのは、被告Tによる虚偽告訴の存在です。被告Tは、既に述べたように、データを全て別のクラウドサービスに移行しておきながら、私が、もぬけのからになった元のクラウドサービスを削除したところ、悪意をもって、「データをまるごと削除された」という虚偽告訴を行いました。被告Tが自分でデータを移行する操作をしたのですから、「間違って」虚偽告訴をしてしまったということは考えられません。
その告訴状などの写しを私はまだ入手していませんが、被告NHKによる報道なども考え合わせれば、「不正アクセスをされて、しかもデータをまるごと削除された」という虚偽告訴をしていた可能性すら否めません。なるほど、そのような認識を植え付けられていたのであれば、重大な事件として警察が私を逮捕したことも頷けるところです。
確かに、私は、被告Tとの間で、未払賃金などをめぐるトラブルを抱えていました。そのトラブルについては、その後に高知労働基準監督署から、社会保険労務士であるはずの被告Tに対し、あろうことか労働基準法24条違反として是正勧告が出ており、明白に被告Tの側に非があるものでした。その罪は、労働基準監督官から突きつけられた是正勧告書に異議を述べず署名捺印することで被告T自身が既に自ら認めています。
現在も、是正勧告によって解決されなかった部分について別訴で係争中ですが、こうした背景事情に照らせば、被告Tが、労働基準違反事件について私から追及されていた中で、事実を大幅に誇張した虚偽告訴をすることで、被告Tにより「引き継ぎは要らないから辞めろ」と言われた私が、被告Tが一方的に指定した「退職日」の翌日に、貸していたクラウドサービスを引き揚げるため削除したにすぎないものであったこの事件を、なんとか重大事件として脚色し誇張することで警察に私を逮捕させ、民事事件を有利に運ぼう、つまり、給料を踏み倒そうと考えたことは大いにあり得るところです。
7 被告NHKと被告高知放送の報道によれば、既に私が被告Tとトラブルになっていたことは報道機関も把握していたようですが、そうであれば、報道機関は、トラブルの一方当事者が嘘をつく可能性ぐらいは当然計算に入れ、そもそも実名報道をするような重大事件か疑問ですが、仮に実名報道をするのであれば双方の主張を慎重に取材・調査するなど念入りに対応するべきです。
しかし、被告ら報道機関は、被告Tには繰り返し取材をする一方、私には取材一つせず、虚偽告訴にあたる部分を含む被告Tの言い分を一方的に垂れ流しました。特に、被告NHKについては、私が釈放され、略式命令が誰でも閲覧可能になった後も、根拠のない「不正アクセスをしてデータを削除」との報道を続けました。
勾留中の被告人に対しても、面会に来れば、あるいは弁護人に依頼すれば取材することは可能ですし、被告ら報道機関はいずれも高知に支局や本社を置いています。テロ事件のように、即時に報道することに意義がある事件も存在することは分かりますが、本件はそのような事件ではありません。そうしてみると、被告Tに取材することはできるのに、私には取材できない理由は見当らないのです。被告NHKの2回目の報道については、釈放後のことなのですから、取材が容易であったことは尚更です。
8 近時、袴田事件の再審無罪判決や大川原化工事件の公訴取り消しなど、捜査機関側の証拠の捏造や、なんとしても起訴に持ち込もうとする強引な捜査姿勢のあり方が問われる事件が複数明るみに出ました。
私の場合は、結果として被告Tが使用していた電子メール数通を私が削除したことは事実らしいので、これらの冤罪被害者のように、まったくの無実だったと述べるつもりは今のところありません(もっとも、再審請求などを起こし、将来的に無実を主張することは大いに検討しています。)。
しかし、だからといって、ごく部分的にしか問題がない行為を大問題であると誇張したり、トラブルを抱えている当事者の一方の主張を垂れ流しにして、勾留中で反論もできない状態の被疑者の名誉を陥れたりして良いはずがないと私は思うのです。むしろ、報道機関に社会的意義や公益目的があるのだとすれば、人権擁護の要請上、逮捕・勾留されている側の取材に力を入れるべきではないでしょうか。
また、公訴提起前の犯罪行為の事実については公共の利害に関する事実とみなされることは刑法230条の2にも規定されていますが、被疑者の氏名までもがそこに含まれるとは規定されていません。そもそも、犯罪行為というのは、誰がやったとしてもその行為をすれば犯罪とされるというものなのですから、その犯人が誰かというのは公共性のある事柄ではなく、社会にそのような犯罪が現に存在し、その被害を受けないよう注意喚起をすることが犯罪報道の公共性の本質であるはずです。仮に、「誰が」犯罪を行ったかを報じることに公共性があるとすると、不起訴、略式命令、執行猶予判決あるいは刑期の満了後に「元容疑者」が社会復帰をしなければならないこと、それが制度上期待されてもいることと矛盾してしまうことになります。本籍地に置かれる犯罪人名簿や検察庁が保管する刑事事件記録が積極的に公開されていないことにも矛盾します。したがって、刑法230条の2を、いわゆる実名報道について、これに公共性があるとして正当化する規定であると解釈するべきではありません。
そもそも、被疑者の名前を出すのであれば、「被害者」や、いずれも高位の公務員である逮捕状を請求・発令した警察官や裁判官、勾留状を請求した検察官等の氏名も出すのがフェアな報道のあり方ではないでしょうか。しかし、本件でも、被告ら報道機関は、ただひたすら私の名前だけを狙い撃ちにして、執拗に報道し続けたのです。
9 このように、私は、被告Tの虚偽告訴と、それを鵜呑みにした被告ら報道機関によりかけられた数々の事実無根の不名誉な疑惑を晴らし、名誉を回復するため、本訴の提起に及びました。
本件において裁判所により厳正な判決が下されること、本件を契機に人権擁護上衡平な事件報道のあり方について問題提起がなされ、被告らをはじめとする報道機関が、その人権軽視と商業主義の姿勢を改める契機となることを願っています。
以上