三割引きで、

夕方、やや遅い時間にスーパーに行くと、鮮魚売り場で物凄く険しい顔のオジサンを見かける事がある。
オジサンの前には幾つかの刺身用鮪が並んでいる。
切り身になったもの、柵のもの、ブツ切りのもの、盛り合わせのもの、そしてそれらはもう残り少ない。
オジサンはやっと一つのパックを手にした。しかし、すぐにもとにもどした。
「安いよ!安いよー‼」
ほんの三メートル程のところで店員が割り引きシールを貼り出した。しかもその店員はだんだんオジサンのほうに向かってくる。
オジサンはさりげなくその場を離れた。そして小さく一回りしてまたマグロの棚の前にやって来た。
どのくらいの時間だろうか?長いこと身動きもせずにじっとしていたオジサンはなにもとらずに店を出ていった。
棚を離れたわずかな隙に誰かが目当てのマグロをそれも三割引きで買っていったのだ。
嗚呼、オジサンは鮪が好きだ。

年配の女性が店員に「これにもシール貼ってよ!」と無理やり貼らせているのを見たことがあるがオレには絶対に出来ない。

その日オレは運よく三割引きの鮪のブツ切りを手に入れることができた。
家に着いたオレはペーパータオルで鮪を丁寧に拭いてあげた。それからブツ切りになったそれらをさらに二センチ角に切っていき、どんぶり鉢にヒゲタ醤油を少し入れたところへ放り込んでいった。
そうだ、新玉ねぎがあった。やや厚めのスライスにして長さを二、三センチにして放り込んだ。
そうだ、紫蘇があった。
適当にちぎって放り込んだ。
それからワサビを入れて全部をよく混ぜ、少し醤油を足した。
それからオレは着替えをしてソバ猪口をとりだしキクマサピンを注いだ。
さて、そうしておいて焼き海苔をちぎってのせた。


ぐびり。
喉を湿らせてから鮪と玉ねぎと紫蘇と海苔全部を箸ですくって口に入れた。
玉ねぎはまだしゃきしゃきしている。鮪は醤油のせいで身が締まりねっとりしている。海苔紫蘇ワサビの香りと刺激が鮪の濃い旨味となんともいやらしい位の相性だ。
ごくごくごくり。
三割引きの鮪で三割増しの幸福だった。

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