
イッキューパイセン 四月馬鹿SP
新元号「令和」の決定で騒がしい春の日。
地方郊外、限界集落と言われる奥地のある一軒家。
突然のインターフォンに応対した老婆は来客の言葉に息をのんだ。
きっちりと黒スーツを着込んだサラリーマン風の男性だ。
オールバックの髪型が印象的で、息子よりは一回り程年上に見える。
「ドーモお世話になっております。息子さんの会社のものです。実は息子さんの開発チームが決算処理を…電子手続きで......マイクロプラズマ論が...」
矢継ぎ早に並べ立てられる難解な専門用語!
テレビもラジオもなく車もそれほど走ってねぇ田舎が嫌になり、東京でベコを飼うと宣言し上京した愛する一人息子!
あの子は何をしてしまったのだろうか!?老婆は困惑する!
「それで、社員の家族全員に声をかけさせていただいて、ひとまず損失の補填をお願いしている次第でして...200万円ほどお願いできないでしょうか?」
ここで断って息子が社内で村八分にあったり袋叩きにあったりするようなことがあってはならない。
しかも話を聞く限りでは息子の不始末でもあるようだ。
老婆は箪笥の奥底から預金通帳と実印を取り出し、男に恭しく手渡すと、「どうか息子をよろしくお願いいたします」
と深く頭を下げた。
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数時間後。
同県内のオフィスビルの一画。
【意地でもノルマ達成】【気合で】【騙される方が悪い】
【明日もカニ食い放題】【やっぱ焼肉っしょ】
などショドーされた掛け軸が壁を埋めつくす薄汚い事務所。
その事務所内では、あのスーツの男が黒い革張りのソファーに深く腰掛け、咥え煙草に満面の笑みを浮かべて、万札を数えていた。
「いち、にぃ...500ちょっとあるわコレwwwww」
「マジっすかwwwテンペーさんスゲーっすわww」
『リスト』と書かれたファイルを覗き込んでいた金髪の若者が称賛の声を上げる。
「まぁなwwwあんなババア引っ掛けるのなんてチョロいわwwww」
「かーっwww俺もやってみてーwww」
笑う2人。
老婆の家を訪れたオールバックの中年男性テンペーとその舎弟である反社会的金髪若者パッキー。
彼らはオレオレ詐欺の常習犯だったのだ!!
「呑気なこと言ってんじゃねぇぞパッキー!テメェはテンペーの1/10も稼いでネェだろうが!ナマほざいてっと沈めッゾコラー!」
中央奥の一際豪華なデスクから突如飛んできた大音声の叱責にパッキーは身をすくませる。
「す、すんませんサブ兄!」
四月も始まった上にここは屋内だというのに、筋骨隆々の素肌に直接ミンクのコートを羽織り、Twitterで購入した格安のレイバンサングラスでその鋭い眼光を隠し、キューバ産の葉巻をスパスパと吹かしながら刃渡り2mの野太刀を抜き身で肩にぶら下げているこの角刈りの壮年男こそが事務所の長、「トカレフのサブ」である。
見るからに一般人とは異なるそのアウトローオーラは、文明国では決して許されぬ類のものであった。
彼に立てついた者の半分はその野太刀で縦に真っ二つにされ、残り半分は横に真っ二つにされている。
恐怖に怯えたパッキーが急いで電話をかけようとしたそのとき、
ピ ン ポ ー ン
事務所のインターフォンが鳴った。
パッキーは舌打ちしながら玄関に向かい来客を確認する。
モニターに映っているのは運送会社の制服だ。
「お届け物でーす」
「あーあー、今開けますわぁ」
パッキーがウカツにもドアを解錠した次の瞬間!
BAAAAAAAANN!!!!
内開きのドアが勢いよく蹴り飛ばされ、顔面をドアに強打!
額からの出血で金髪が真っ赤に染まる!
「グワーッ! な、なんだテメェ!」
「配達というのはエイプリルフールだ」
運送員制服の男は誰何の声にそう答えると、流血で視界も定まらぬパッキーの顔面をアイアンクローで鷲掴みにし、そのまま事務所の壁へと叩きつけた!
「アバババーッ!!!」
壁に人型の穴が完成しパッキーは全身金髪打撲のため失神!
「なんだなんだオイ!」
騒ぎを聞いて駆け付けたテンペーとサブに対し、制服姿の男は懐から黒い手帳様のものを取り出し眼前に突き付けた。
「警察のものだ」
「サツだと!?」
「サツなら令状持ってこいコラーッ!」
「待てやテンペー!これは警察手帳じゃねえ、スマホケースだ!」
そう、制服男が突き付けたのは黒いスマホケースだったのだ!
「どういうつもりダッコラテメーッ!」
テンペーがゴルフクラブで殴り掛かる!
「警察というのはエイプリルフールだ」
男はテンペーの一撃を半身になって避けると、片腕を捻り上げて動きを封じる。
テンペーが巻き添えになってしまうことを恐れてサブは野太刀アタックが不可能だ!彼は細かい動きが苦手なのだ!
男はおもむろに帽子を取り、まるで僧侶のようなスキンヘッドが明らかになる。
「テメェなにもんだコラーッ!」
唸るテンペーに対し、男は帽子のツバの部分をその両目に押し付けた。
「グワワワワーッ!」
押し付けられた部分から滲み出るような流血!
ツバに仕込まれていたのは糸鋸の刃だったのだ!
男はさらに帽子を左右に大きく動かす!
「ギャバババババババーッッ!!!」
視界を失ったテンペーはゴルフクラブを手に見境なく暴れまわる!
「ウオオオーッ!」
大きく振りかぶったその先にいるのは…サブだ!
「チェイヤーッ!」
裂帛の気合とともに白刃が一閃し、すれ違いでサブとテンペーの位置が入れ替わる。
一瞬の静寂の後、テンペーの体が腰の部分から徐々にズレていき、ごとりと上半身が床に落ちた。
「見たか、これが俺の...何ィ!?」
サブが振り返ったとき既に、スキンヘッド男は金庫を抱えて殴り掛かっていたのである!
「グワーッ!!」
角の部分がサブのわき腹を直撃!野太刀を落とし悶絶!
「今のは老婆のぶんだ」
スキンヘッド男が運送制服を脱ぐ。
その下には漆黒の袈裟があった。
金糸で『倍返し』『仕返しされるほうが悪い』『対戦ぱずる玉』などの威圧的経文が刺繍されている。
「これは息子さんのぶんだ!破----ッ!」
ふらつくサブに対し、続けざまに合掌耳そぎチョップ!
「アバーッ!!」
右耳が体とオサラバだ!
「破---ッ!」もう一発!
「アバーッ!!」
左耳も!
「か…金は返す...いえ返しますだから助けて…」
弱弱しいサブの懇願。
だがしかし!
「そしてこれは…貴様によってすべてを失った...この俺の怒りだぁーっ!!!」
倒れこんだサブの顔面を打ち抜くような正拳突き!
床が破壊されもろともに下階フロアへ!
「アッ...アバババ…バ...」
サブは最早虫の息だ。
「金は全てもらっていくぞ」
スキンヘッド男の容赦ない宣言に返す言葉もない。
「それからな」
男は言葉を続ける。
「さっきすべてを失った俺の怒りと言ったが」
「あれもエイプリルフールだ」
薄れゆく意識の中、サブはもう二度と人を騙すまいと誓った。
サイレンの音が近づいてきていた。
【おわり】