【ラノベ】『やがて黒幕へと至る最適解』を読んで【ガチ考察】
*記事の性質上、ネタバレが含まれます。
■はじめに
この記事では、『やがて黒幕へと至る最適解』をレビューします。私のレビューはキャラ萌えや感想よりも作品の系譜や構成要素の分析を主とします。よって、対象読者としては、ハードなラノベ読みや、アマチュア物書き(ラノベ新人賞投稿者など)を想定しています。
■本論
・作品紹介
まずあらすじを確認してみましょう。
文庫本巻末のあらすじでは、以下の通りです。
(製品ページ:https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b643603.html)
つぎに、パッケージングを見てみましょう。帯には「10歳の黒幕が暗躍無双!!」とあります。さらに、表紙絵は幼少化した主人公がヒロインよりも大きく描かれています。
ここから読み取れるのは、「幼年期無双」(筆者命名)の文脈でしょう。また、近年ホットな「暗躍」も取り入れてありますね。
「幼年期無双」は、主になろう系小説で人気のある要素です。というのも、なろう系小説はほとんどが異世界転生の体を取るのですが、転生の際、成年としての記憶や経験を保持したまま赤ん坊からやりなおすために、そのアドバンテージを利用して主人公が幼少期から活躍できるのですね。
本作は、なろう系つまりはウェブ小説発でもなく、異世界転生でもありません。しかし、「時間遡行によってある種の生まれ変わりを経て、未来の知識を武器に無双する」という展開はなろう的であるといえます。
「暗躍」については、恥ずかしながら、系譜を語れるほど詳しくないのですが、最近の有名作としては『ようこそ実力主義の学園へ』や『影の実力者になりたくて』などがありました。
なろう系といえば、ネットでよく知られている反面、誤解が多いジャンルでもあります。というのも、なろう系小説が市場を席巻し始めてからは、従来の出版ルートである出版社の企画からもなろう系のような小説が出てくるようになったからです。
私はこれをなろう系インスパイアと呼んでいます。
なろう系インスパイアはしばしばなろう系と混同されますが、出自がウェブ小説媒体なのか出版社の企画なのかで区別できます。
パッケージングだけでみれば両者は似てはいるものの、対象読者層が異なるために本の作りも異なります。
本作『やがて黒幕へと至る最適解』はこのなろう系インスパイアに当たるのではないか、というのが私の見立てです。
・なろう系とはなにか
なろう系の大きな特徴は、コンセプトが強力な点です。
また、ここでのコンセプトは爽快感を伴うものが多いのが特徴です。
これらのコンセプトの強みは、固定ファンがいることです。そして、この固定ファンは自分好みのコンセプトに対して飽きることを知りません。無双ものが好きな読者は、何作も何作も無双ものを読み続けます。これは性癖に似ています。
なろう系とは、いわば精神のポルノなのです。
なろう系はそのパターナリズムが批判されがちですが、的外れでしょう。なぜなら、読者は自らの嗜好にあった作品なら何本でも読みたいのであって、どれほど摂取しても満足しきることはないからです。
ユーザーの需要が無尽蔵な以上、供給側がそれにあわせるのは当然であり、しかもそこでは差異化があまり重視されないのです。
なろう系インスパイアは、強いコンセプトを前面に押し出す点において、なろう系と共通しています。
他方で、差異化の点では本家本元のなろう系よりも強く意識されているように見えます。
・本作の魅力
本作『やがて黒幕へと至る最適解』は実に多くのコンセプトが詰め込まれています。
前述したように、「幼少期無双」と「暗躍」を軸としていますが、主人公カルツは時を越え少年に戻っているので「おねショタ」要素もあります。また、彼は貧民出身であり、ゼロからスタートする展開には「成り上がり」要素も感じられます(「成り上がり」もまたなろう系の文脈で人気のある要素です。)
作中の展開を追ってみると、未来の知識で過去の事件を裏から操り、競竜(作中に登場する競馬のような賭博)で大穴を当て、死ぬはずだった人物を助ける、などやりたい放題でジャンル特有の爽快感があります。
ところで、主人公カルツは躊躇なく人を殺し、悪事を働きます。しかし、その動機は「未来で謀殺された主を救うため」という献身的なものです。
多くの作品で「無双もの」主人公は欲望放縦になりがちなのと対称的に、彼は他者への思いやりがあり、善性を備えているのは興味深い点です。
それだけに留まらず、この作品は設定量が多いのも印象的でした。
「六大侯爵家」のそれぞれに細かな設定があり、大陸の東西南北にはこれまた細かな設定のある国家群があります。
本家本元のなろう系では「ナーロッパ」という俗語があるように、似通った似非ヨーロッパ風の世界観が多いのですが、それらとは違うんだぞとはっきり差別化させようという意志、作家性を感じました。
これらの設定のすべては一巻だけでは語り切られていません。おそらく、作者の頭の中にはすでに大きな世界があり、これからの展開で徐々に詳らかにされていくのでしょう。
この途方もないスケール感はシリーズもののラノベならではだと言えます。
本作はコンセプトも山盛りで、設定も山盛りです。つまり情報量が非常に多いのです。人を選びますが、いわゆる設定厨にはたまらないでしょうね。作者のフェチズムを詰められるだけ詰め込んだのではないでしょうか。
味の濃いものがドカ盛りになった大阪のメシのような作品だった、というのが率直な感想です。
■備考
*この記事は「HJ文庫公式レビュアープログラム」(≒企業案件)に基づいて執筆されています。
*『青春マッチングアプリ』は2024年5月1日発売ですが、販売元のHJ文庫様より発売前に商品提供を受け、一般読者より先んじて読ませて頂いた上で記事を執筆しています。