見出し画像

3月31日

あんなに夜中まで騒いでいたのに、友人含め数人は本当に朝6時に起きて日の出を見に行ったらしい。頭がおかしいとしか思えなかった。
私はなかなか寝付けなかった分10時くらいまで寝ていた。友人からWhatsAppで体調はどうかと尋ねられていたので、眠い、これ以上あなたたちと旅行したくない、明日のフライトでチェンナイに行く、と返信しておいた。
目が覚めてきたころ、クレープ屋に行かないかと誘われたので、二度寝している日の出を見に行った組を置いて、朝ごはんを食べに行った。
Crepe in Touch という店ではクレープだけでなく、キッシュやガレットまで注文できたけど、今回の旅行は費用を全額奢ってもらっていたので、流石に気が引けて1番安いクレープのセットにした。何度か払おうとしたがどうしても出させてもらえないので、甘えることにした。だからこそ旅行を盛り下げてしまうことがつらかったのだが。
お気に入りのペンケースが壊れたので、そこの付属のスーベニアショップで新しいのを買った。

ブラックジョークがすぎないか

結局日の出を見に行ったメンツは起きて来ず、放っておくことになった。
カフェに入った我々はそのまま Auroville という少し離れた場所に移動した。哲学者・オーロビンドが始めた独自の宗教を信仰する人たちが暮らす、自給自足の理想都市らしい。
そんなことはどうでもよくて、1時間ほど車を走らせ、何度か道に迷いながら辿り着いたビーチは、ポンディチェリーのそれとは全く別物だった。
観光客の少ないビーチと、エメラルドグリーンの海。それは本当に綺麗なのに、その手前に転がるビールの空き缶、ガラス片、紙くずゴミくず。それらを拾うヨボヨボのおばあさん。
流石のインド人もその惨憺たる様に顔を顰めた。
海を背にすれば写真写りは完璧なのに、その目の前に広がるものはグロテスクだった。どうしてこんな酷いことができてしまうのだろう。綺麗な海と汚いビーチ、金持ちが散らかしたゴミとそれを拾う老婆。その対比があまりにも惨くて、人間に生まれたことが恥ずかしくなった。

写真で見るよりひどかった

ようやく起きてきた残りのメンツと近くのカフェで合流し、友人にチェンナイ行きのフライトをとってもらった。もう必要最低限のことしか話せない仲になってしまった。冷静になった今は仲直りしたいけど、「これ以上付き合ってられない」と入ってしまった以上、彼とは気まずいままだった。
そしてとうとうバンガロールへの帰りの旅路がスタートした。
幸い今回は大声でFワードを連発するおばさんの運転する車ではなくわりとおとなしいお兄さんたちの車に乗せてもらえたので、行きよりはかなり楽に感じた。それでも相変わらず心臓まで響くような爆音のヒンディー語ソングは流れ続けていたけど。
今回の旅行のハイライトは、帰りの道中で見た夕焼けかもしれなかった。こんなに綺麗な夕焼けは久しぶりに見た。オレンジの空に椰子の木のシルエットが濃く浮かび上がって、絵に描いたような美しさだった。
途中チェーン店の Sarvana Bhawan でドーサを食べたりして、バンガロールにある彼のお姉さんたちのお宅に着いた。

ここもまたいかにも裕福そうな感じだった。大きなシヴァ神のモニュメントが壁に飾られ、仏壇のようなヒンドゥー教の礼拝スペースがあった。姉妹の部屋は日本のアニメグッズがたくさんあり、小物は韓国通販でよく見るようなものが多い。マンチカンのジンジャーという名前の猫のために、旅行中はテレビをつけっぱなしにしていたようだ。明日の朝はメイドさんがオムレツを作りに来てくれるという。
結局彼とは明日の夕方のフライトでお別れだというのに、気まずいままだった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。私が精神的肉体的疲労を我慢して、ずっとコミュニケーションをとろうと努力すべきだったんだろうか。いや、それは無理だった。でももう少し伝え方があったんじゃないか。はっきり言わないと伝わらないのは確かだけど、もう少し優しい言葉で言うこともできたんじゃないか。
後悔は止まなかったが、もう今更関係を修復できそうになかった。インドに来て以来1番快適な部屋にいたのに、上手く眠れなかった。

天使みたいに可愛かった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?