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3月30日

友人たちは日の出を見に早朝から出かけていたが、私はそのまま籠城を続け、昼過ぎまで出ていけなかった。せっかくの旅行を台無しにしてしまったことへの後悔と、それでも言うことを聞かない心と体を引きずってようやく外に出た時には昼飯時だった。
そんな気分だと、どんなに美しいビーチにも素直に感動できなくなる。頭の中は昨日見た友人の傷ついた顔でいっぱいだった。
そんな私とは裏腹に、彼は楽しそうだった。ポンディチェリーのビーチは夕方4時以降でないと遊泳禁止らしい。飛び込んだ彼は警察官に取り囲まれていた。ビチョビチョになって縮こまっている様は非常に滑稽だった。
我々は昨日の件以来口を聞けず、代わりに私のことは彼のお姉さんが気にかけてくれていた。それにすら上手く応えられず心配をかけてしまったけれど。
私の様子を見てか、この日は比較的ゆったりとした旅程だった。ビーチ沿いを散歩して、フランスの面影が残るパステルカラーの建築物を見て歩いて、疲れたらカフェに入って冷たいコーヒーを飲んで。それでも私の心は晴れなかった。

暑いから犬もみんなぐったり
海ってなんでこんなに綺麗なんだろう

お昼ごはんは地元の方のお宅にお邪魔して、タミル、ベトナム、フランスのそれぞれの特色が入り混じった現地の家庭料理をいただいた。
丁寧にそれぞれのメニューを解説してもらったけど、英語は聞き取れず、聞く気にもなれず、結局どこら辺が特別なのかはよくわからなかった。
けど、味は美味しかった。最初に出してもらったチアシードの入ったレモンジュースも、酸っぱくて辛いラッサムも、全部優しい味でよかった。
伺ったお宅はまた豪邸で、白いタイルを基調にアンティークの茶色い家具が映えていた。今回アレンジしてくれた方はアートにも造詣が深いらしく、日本の水墨画も飾ってあった。変にエアコンで冷やしきるのではなく、風通しの良さを生かしてファンを回してほどよい暑さに保ってあるのも心地よかった。ざわざわしていた気持ちはここで少し落ち着いた。

暑いと酸っぱいもの飲みたくなる
左はキャベツ、真ん中はビーツだった気がする

ポンディチェリー博物館にも行こうとしていたが、目の前まで来て「別にいいか」と言い始めた。
基本2台のジープに分かれて移動していたのだが、片方がなかなか来ないだとか逆にもう片方が待ちきれないだとかで、こういう無駄足が多いのも私のイライラをさらに助長していた。
10人のインド人グループの統率なんて、とれるわけがない。各々好き勝手にやるから全員集合するのに最低1時間かかるし、意見はぶつけてなんぼだから言い争い(言い争っている意識すらないのだろうが)が常に勃発する。そのキンキンした声を聞く度に私はストレスを溜めることになる。
結局博物館は入り口だけ見てホテルに戻り、昼寝して夕方再集合ということになった。昨日も夜遅くまで飲んで今朝早く日の出を見に出ていたから、無理もない。内心助かった、と思った。

ここまで来てみないってアリ?

夕方はまたビーチに行って、夕日を眺めてぼんやり過ごした。
私はとうとう周囲の人間をシャットアウトするために、イヤホンをつけて音楽を聴き始めた。コミュニケーションから逃げたい時はいつもこうする。私の悪い癖だ。友人らはまた海に浸かって大はしゃぎしていた。
日が沈んでからは、海に入ったから着替えに行く組と、そのまま夜ごはんのレストランに行く組に分かれた。後者のグループは私含めて4人しかおらず、気まずい沈黙が続いた。
1時間経っても着替えに帰った方のグループがレストランまで来ない。私は無駄に甘ったるいモクテルを既に飲み干し、会話から逃げる方法を探すばかりだった。
お店の人に「選挙が近いから早く店じまいする、残りの奴らが来ないなら出ていけ」と言われるようになったあたりで、ようやく全員揃った。フランス料理を食べに別のレストランに移動するつもりだったのに、結局そこのドリンクとおつまみだけで22時になってしまった。ポンディチェリーの魅力はフレンチなのに。密かにショックを受けていた。

甘かった…

流石にもう帰るかと思ったら、今度はコーヒー買ってまたビーチに行こうと言い始めた。こんな時間にコーヒーを飲んだら眠れなくなってしまう。しかももう今日はビーチに何度も行っている。正直飽きた。疲れたし帰りたい。
私の事情はお構いなしに、スタバがいいだの他のカフェがいいだので揉め、まとまっていない注文で店員さんの手を煩わせ、閉店間際なのになかなか店を出ようとしない。そういう些細なことの積み重ねが、旅の疲れをさらにひどくした。
ようやくコーヒーをゲットし、海辺に戻ってきた。夜なのに観光客で海岸線が埋め尽くされていて、コチで見た静かな夜の海とは別物だった。
しかし月が水面に反射して揺れ動く様はなんともロマンチックだった。それを前にして大声で下品なことばかり討論する彼らの気はしれなかったけど、またイヤホンで耳を塞いで、その景色だけに集中する努力をした。

iPhoneの充電が切れてこれしか写真がない

明日も日の出を見たいからロビーにマットレスを移動して全員同じところで眠ろう、という悪魔のような提案は無視して、私は自分の部屋に引き篭もった。
しかしそれでは問題は解決しなかった。夜中の3時過ぎまで、ロビーから大熱唱が聞こえてくる。どこからか持ち出したギターを弾き、酒を飲んで気が狂ったように騒いでいた。うるさい。うるさくて眠れない。インド人はショート・スリーパー説がここで確信に変わった。どこからやってくるんだその体力は。
度重なる精神的ストレス、長旅による疲労困憊、ホルモンバランスの乱れに加えて、睡眠不足。彼らの考えるより私は深刻だった。いち早くこの旅を終わらせようと心に誓った。

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