錆びついたホーロー看板
街を散歩していると、古いホーロー看板に出会うことがある。それは新堀ギター教室であったり、質のマルフクであったり、あるいは、見たこともキータこともない食料品店や工務店の宣伝であったりするが、それらはひどく錆びており、読むことさえできない場合も多い。
こうした看板は、たいてい、人が住んでいるかさえ判然とせぬ古い家や小屋の壁にあるものだが、そうした場所は、なんとも言えない寂しい空気をまとっている。曇りや雨、あるいは夜だとそれほど感じないが、朝、ないしは夕暮れの陽光に照らされた時は一種独特な、胸を締め付けてくるような雰囲気をまとう。
オレンジの光を受けたホーロー看板は、身に帯びた錆をひときわ鮮やかに見せながら、朽ちゆくものが今まで刻んできた時の重みを語るのだ。それは懐かしい、という感覚ではない。なんとも言えず重く、切なく、悲しく、怖い。それでいてなぜだかホッとする……よくわからない感覚だ。それはたぶん、過ぎ去った時代を見ているせいで、過去がどう朽ちていくかを見せられているからだ。そして自分もいつかそうなることを、無言のうちに突きつけてくるからであろう。そしてホッとするのは、自分がまだそうなっていないことを確認し、安心するから……なのかも知れない。
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