高峰治という人物と、彼が俺にくれたもの。
俺が今の俺になるうえで、最大の影響をもたらした人物がいる。その人に助けてもらわなければ、俺は今の仕事につながることを何ひとつなせなかったと思うし、仮に何かをなせたとしても、今の俺には繋がらなかった。
彼の名前は「高峰治」という。少なくとも、彼は俺や他の仲間たちにそう名乗ったし、俺たちも彼を「タカさん」あるいは「タカちゃん」と呼んだ。
また、彼について書くことがあるかもしれない。彼との思い出はたくさんあるし、そのどれもが刺激的なものだったから。でも、ひょっとすると、書かないかもしれない。なぜなら、あまりにパーソナルすぎて、君と何かを共有したり、何かを伝えたりできる種類の話題ではないかもしれないから。
でも、彼との出会いと、彼が俺にしてくれた事は、今日書こうと思う。評議会メンバーの君には、ちゃんと話しておきたいから。
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当時俺は高校生で、当然ながら金はなかった。肩にひどい怪我をした為ラグビー部を退部した後、一念発起して始めたのが「プチロード」なるRPGサークルと、メタルフィギュアファンサークル「ブラックドワーフ」だ。
どちらも高校内部の部活や同好会ではなく、外部の独立サークルとして始めた。「同年代だけで集まっていてはダメであり、年齢層やキャリア幅のある組織を作らないと、早晩内輪化するか、世代交代ができずにクソって死ぬ」と思ったからだ。
インターネットはまだない。そこで俺は、モケイラッキー大口店とイエローサブマリン横浜店の店内に告知ポスターを掲示して両サークルの初期メンバーを集めることにした。告知ポスターを用意する前、もっと言えば、サークルの名前を決めるよりも前に、二つのサークルそれぞれについて明確なビジョンを立てた。
そして俺は、応募してきてくれた人にそれを隠さず開陳することで、俺よりも経験豊かな先人たち、あるいは血気盛んな若者たちに集まってもらうことに成功する。初期メンバーは大切だ。組織における全ての成否は、人にかかっている。組織の成功に必要なのは「人・物・金」という。まず人がいなければ、物も金にも意味がない。当時の俺はそう考えていた。
プチロード初期メンバーに、“高峰治”という人物がいた。初めて会った時、彼は“27歳”と言い、仕事は“人助け”と言った。右耳にイヤーカフをしていて、チェーンの先には笑う仮面のチャームがついていた。180センチほどの長身で、スラリとした体格だった。彼の名前や年齢、仕事に引用符をつけたのには意味がある。なぜなら、これらは彼の口から語られた事であり、それを証し立てるものが何一つないからだ。ひょっとしたら事実かもしれないが、そうでないかもしれない。
俺は、プチロードやブラックドワーフに興味を持ってくれた人にいつもそうするように、自宅に招いた。当時の俺は、メンバー志望者を家に招くことにしていた。喫茶店でコーヒーを頼めるような金を持っていなかったからだ。
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