その男、7010。
俺が7010(ナオト)と初めて話したのは平成5年…1993年冬、実家の電話口でだ。ちょうどゴライアス(ハルクウーベンを舞台にしたRPG)の経験ルールを書いているところに、リビングの電話が鳴ったのを覚えている。
当時、電話は家か公衆電話と相場が決まっていた。携帯電話(肩担ぎタイプ)を24時間戦うビジネスマンやワナビー大学生が持っていたのは別として、ポケベルがようやく高校生に普及したころの話である。家の電話はプッシュ回線ではあるものの、番号通知をする窓などついていない。誰がかけてきたかは、受話器を取り上げるまでわからないのだ。モシモシ・ガチャなのである。
当時は、個人情報に関する考え方が現在とまるで違う。個人宅の電話番号が電話帳にズラリと掲載されていたし、卒業アルバムには、先生方や同窓生の実家住所と電話番号も全員分載っていた。女の子の家に電話したら、おとうさんが出てきてビビる……そういう時代だったのだ。しかし、7010は俺の家の電話番号を電話帳で調べたわけではないし、同級生でもない。
7010が籾山家の電話番号を知っていたのは理由がある。俺がヒゲの店長と吉橋さんに頼み込み、モケイラッキー大口店のガラスキャビネットに張り出してもらった『BLACK DWARFメンバー募集告知』に、連絡先として俺の名前と電話番号を書いたからだ。
そう、7010は、俺が一念発起して立ち上げたメタルフィギュア愛好サークル『BLACK DWARF』のメンバー募集に応えてくれた最初の人物である。当時俺は高校2年生で、7010は25歳の社会人だった。想定していたより早い加入希望、そして思いのほか年上の人物が興味を持ってくれたことに、俺は小躍りした。
その週末俺は、当時できる限りのオシャレをして、モケイラッキーに向かった。『まずはモケイラッキーで落ち合おう』という話になったからである。いいタイミングだ。7010はラッキーのほど近くに住んでいるという。普段であれば自宅に招くところだが、ちょうどメタルを買うべく、週末にラッキーを訪問するつもりだったので、7010の希望は渡りに船であった。
保土ヶ谷駅から横須賀線に乗り、横浜駅で京急線に乗り換え、新子安に着くまでの間、俺は何が起こるかワクワクしながら車窓の風景を眺めていた。すでにイエローサブマリン横浜店で募集をかけていたRPGサークル「プチロード」だけでなく、ついに「BLACK DWARF」の加入希望者が現れたのだ。しかも、俺より経験豊かな大人である。興奮するなというのが無理な話だ。
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約束の時間より20分早くラッキーについた俺は、スタッフの吉橋さんに声をかけられた。「7010と待ち合わせしているんでしょ。聞いてるよ」と。聞けば、7010はラッキーの常連客で、友達と一緒にメタルフィギュアを集めているらしい。俺は店内のガラスキャビネットに並ぶジオラマや製品群を眺めつつ、ドキドキしながら自動ドアの開く音を待った。今思えば、女の子と待ち合わせする時と同じ緊張感があったといえる。
待ち合わせ時間ちょうど、自動ドアが開く。超いかついレイバンのサングラスと高そうな本革のライダースジャケット、凶器のように尖ったロングブーツに身を固めた細身で長髪の男性が入ってきた。俺は、正直言って度肝を抜かれた。まるでホワイトドワーフ誌に載っているようなMETAL GUYが、いきなり目の前に現れたのだから。
「初めまして。先日電話した7010と言います。君が籾山くん?」
怖そうな7010は、グラサンを外してニコリと笑い、柔らかい口調でそう言った。
「はい。籾山です。7010さんとお会いできて光栄です」
と言って、慌ててお辞儀した。
「硬くならないで、フレンドリーにいこう」
そう言うと、7010はスッと右手を差し出した。挨拶として握手をしたのは、人生初だった。7010の手はゴツゴツしていて、中指にめちゃくちゃカッコいい指輪をはめていた。色々と話をするうち、この人と、もっと仲良くなりたいと思った。
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