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【連載小説】BAS:自由への闘争~Chapter 1「真実の鏡が照らす少女の孤独」~


🔸本作について

X(旧:Twitter)で連載している「落書き小説」

連載小説「BAS:自由への闘争」は、作者のsunがX(旧:Twitter)で連載している落書き小説です。

テーマは承認欲求、居場所、そして昇華。

私が好きを詰め込んだ世界で、私が表現したいことを詰め込んだ作品です。

余裕があり、気分がノッた時だけに書き進めています。基本無計画ですので、あとで矛盾などが発生した際に修正などを勝手に行います。

今回、物語的にキリの良いところまで書き上げたので、プロローグ(Part0)~Part9の10作をChapter 1としてまとめました。

BASとは?

Battle Art ShowことBASは、私が「メタバース小説家」としてお仕事を請け負う以前、一次創作の同人小説家として活動していた時に執筆していたシリーズです。

私が好きな要素を詰め込んだ理想の世界での物語群です。

近未来、魔法と科学の融合、能力バトル、共感できる日常、心理学、映画的セリフ回し、(私たちが住む世界基準での)人外やモンスターとの共存などなど。

私にとっても色々と思い入れのあるBASを、「今の自分が、書きたいように書いてみたらどうなるか?」という動機で書きました。

昔の作品とは世界観的な繋がりはありませんが、それらのエッセンスは「今のsun」として『翻案』しております。

是非、お楽しみいただければ幸いです!

🔹Chapter 1「真実の鏡が照らす少女の孤独」

プロローグ

 ――家出した。

 行っても意味のない学校に、行かないと決断したのはアタシなのに、「かわいそう」だと決めつけられるから。

 夢を叶える努力を「現実逃避」として、「マトモな人間にしてあげる」と寄って集られるから。

 「どうして『普通』にできないの?」って、分かった口をきいてくる。

 金や承認欲求に飢えている人間どもが!

 それが現代社会の文化だっていうなら、アタシもアイツらと同じように、好き勝手に生きてやる。

 何でもアリな未来のプロレス、この世界で流行っている「Battle Art Show」のアーティストになって。

 銃や魔法で戦っても死なないし、後遺症も残らない最先端のエンターテインメント。

 ロボットでも幽霊でも、人を楽しませる実力があれば雇ってくれる。

 昔から大好きだった場所で、アタシはお金を稼いで、居場所を見つけてみせる。

 これはアタシが――カーリー・ハワードが自由になるまでの物語。

Part1

 夜9時半、私室のベッドでうつ伏せになっていた。頬杖ついて、タブレット型端末で流れる配信を真剣に視聴しながら。

 彼女の名前はカーリー・ハワード。10代後半、上半身は無地のスポーツブラで、下半身は同じく無地のスウェットパンツ。やや無造作な黒髪のスーパーロングで浅黒い肌。そして、背中から生えた鷹を思わせる翼を、ユラユラと動かしている。そう、彼女の人種は鷹人間。先祖の鷹が、何かしらの要因で進化・突然変異した存在。

 この世界『エルピス地球』では、ロボットでも幽霊でも人間と見做される。「どういう人種?」と尋ねたら、竜人間、エルフ、ゾンビ、果ては宇宙人などといった返答が返ってくる。アメリカや日本という国家が存在する『アルケー地球』の人間が、このエルピスにやって来たら、最初は困惑するに違いない。

 とはいえ、動画配信を視聴して寛いでいるカーリーの姿を見れば、アルケー人も「同じ人間なんだな」と親近感を抱くだろう。たしかにエルピスには、魔法が日常的に存在するし、アルケー人が言うところの『人外』と当たり前のようにすれ違う。一方、流行りの音楽やファッション、テクノロジーなどは、アルケーの影響を強く受けている。アルケー人が「オススメの映画は?」とエルピス人に話しかけたら、アルケー人以上にハリウッド映画についてアツく語られた……なんて笑い話もあるくらい、両世界は親密に交流している。

 そんなエルピスならではの巨大コンテンツが一つある。Battle Art Show、何でもアリな未来のプロレス。丁度、カーリーが見ているタブレットで流れているように、激しいバトルを見世物としている。魔法や最先端科学のおかげで、ルールを遵守する限りは死亡事故や後遺症が残る怪我は起こり得ない。とはいえ、過激で暴力的な内容には違いないため、しばしば批判の的になる。

 それでもカーリーにとっては、数少ない人生の楽しみだ。学校に行かず、友だちもいない。田舎故に『居場所』や娯楽もない。鬱憤や暴れたい衝動が溜まるばかりの少女の、心の拠り所だ。

Part2

 カーリーのタブレットで流れている動画配信では、リング上で二人の人間が戦っている。プロレスに則ればプロレスラーと呼ぶべきだが、BASでは戦う人間のことを『アーティスト』と呼ぶ。戦っているリングについても、伝統的なプロレスリングというよりは、華々しいアイドルライブのステージに近い。

 さて、二人のうちの女性の方が、画角いっぱいに映ったところだ。勝ち気な笑顔を浮かべている彼女は、赤髪のポニーテールで、握り締めた拳に魔法で絢爛な火炎を纏わせている。

「ふふん。口で言っても分からないようだから、クローディア様のストレートをお見舞いしてあげたよ」

 口上と共にカメラが引いて、彼女の全身が画角に収まる。クローディア様ことクローディア・クック、BASの看板娘だ。紺色のスポーツブラの上に、炎を思わせるジャケットを羽織り、ロングパンツは同じく炎の柄。赤い鱗で覆われた尻尾を持つ彼女は竜人間だ。

「皆も一度は思ったことあるでしょ? あんなヤツに一発かましてやりたいって!」

 クローディアは両手を広げると、リングを囲う観客席をぐるりと見回しながら、溌溂とした声で高らかに叫ぶ。直後、観客席から凄まじい歓声が沸き起こり、次いで「ディア様! ディア様!」という狂信的なコールが響き始める。

(わっかるわー……)

 ベッドで俯せになるカーリーは、タブレットを見下ろしながら何度も頷いた。カーリーが自らの考えや気持ちを、どれだけ丁寧に述べたとしても、「まだ子どもだな」「考えが浅い」などと鼻で笑われる。涙が出るくらい悔しくて、悲しかったのに、仕返しに一発かましてやることすら、現代社会は許してくれない。こっちはパンチ一発よりも、遥かに深い傷を負っているのに。だからこそ羨ましい、ムカつく相手を殴っても許される場所が。

Part3

 クローディアと対峙しているもう一人のアーティストの名前はブルーノ・ブランジーニ。渾身のストレートパンチを顔に受け、片膝立ちで顔を伏せている。

 彼の人種は蝙蝠人間で、背中に蝙蝠の翼を持っている。体躯は細身、髪型はアッシュブラウンで、着ているボロボロの燕尾服は、所々が血飛沫で染まっている。ホラー映画に出てくる吸血鬼のような第一印象。

「ふふ……人聞きの悪い。僕は女の子を『悲劇のヒロイン』にしてあげているんだ」

 いやに優しく甘い声と共に、ブルーノはゆっくり立ち上がる。はたしてカメラに映ったのは、お坊ちゃまじみた童顔で――しかし、嗜虐的な笑みを湛えていた。

「腹黒さをひた隠しにして、八方美人でいるよりも――僕がこうしてあげた方が、この子も有名人になれて満足するだろう」

 そういって彼はこれ見よがしに片足を持ち上げると、魔法で革靴の底に無数の針を生やす。そうして血塗れの無数の針で、彼は足元に倒れている若い女性アーティストの顔を踏み付けた! 彼女や観客たちの悲鳴が、耳をつんざく。

 クローディアがいわゆる正義の味方ならばブルーノは悪役。彼が女性をいじめて、看板娘が助けに来るという流れは、BASにおいて定番かつ人気が高い。

(こっちの言うコトもわかるわー……)

 タブレットで配信を見ているカーリーは、再度しきりに頷いた。ブルーノに踏み付けられた女性について、カーリーはどちらかというと苦手だったからだ。好きなBASのアーティストに物申すのは気が引けるが……なんとなく、嫌いな同級生と似ているのだ。スクールカーストの上位になりたがる、アイドル気取りの女子に。

Part4

「いい加減にしなさいっ!」

 クローディアは低い体勢から走り込み、肩口からブルーノに突っ込んでいった! いわゆるスピアー・タックルだが、魔法によって彼女の全身は炎に包まれ、通過点はタイヤ跡のように二本の火柱が燃え上がる。銃が普及した現代では、悠長に呪文を唱えていると先に撃たれるし、隠れている場所だってバレる。身体的な動作に伴って発動する魔法が、現代の戦いでは主流だ。

 若い女性アーティストの顔を踏みつけていたブルーノは、腹部に強烈なタックルを受け吹っ飛ばされる! クローディアは自分の身体ごとブルーノをリングのロープに押し付けた。本来ならばそのままリングアウトする威力だが、見えない『防壁』がリングを囲んでいるため、観客は安心して歓声を上げられる。
 
 防壁に押し付けられたブルーノは、苛立ちの表情を浮かべていた。タックルを食らった部位から炎が燃え移り、火傷で更にダメージを与える。「なぜブルーノの服が燃えない?」と思うかも知れないが、これは装備しているシールドコアが、服へのダメージを肩代わりしてくれるからだ。シールドコアのエネルギーがある限りは、(装備者の能力にもよるが)骨折しても数分で治るし、腕が切断されることも起こり得ない。逆にこのエネルギーが切れたらノックアウト、つまり敗北するというルールだ。

 クローディアはブルーノの両脇下に両腕を通す。そのまま彼の身体を持ち上げ「こんのぉー!」と叫びながらブリッジしてフロントスープレックス! ブルーノは背中への大激痛で一瞬目を丸くし、リングの床に亀裂が走る! それだけで終わらず、クローディアはブリッジからそのまま後方回転してマウントポジションをとる。左手でブルーノの首根っこを押さえつけ、右手を何度も振り下ろす!

 シールドコアのエネルギーが切れるまでは、限りなく『実戦』に近いバトルを演じられる。これがBASの人気の秘訣であり、子どもの教育や倫理的に悪いと批判される部分でもある。現にカーリーの場合は、「ああいう風にバトルしたい」と考え、幾度となく両親に叱られている。

Part5

 会場では「クローディア! クローディア!」と凄まじいコールが響いている。マウントポジションをとったクローディアが、右手を何度もブルーノの頭部に振り下ろすたび、コールに混じって更なる歓声が沸き起こる。と、連続するマウントパンチの僅かな隙を見つけて、ブルーノが右手をクローディアに突き出した。

「大人しくしろよ……!」

 明らかにイライラした声と共に、ブルーノは右掌からドス黒い血液を発射する! 正面から見れば、空で咲く花火のように広がるそれは、強酸性の血液だ。クローディアは咄嗟に両腕で顔面をガードしたが、頭部以外の広範囲に血液を浴びてしまった。シュウゥ……とジャケットの一部分に穴が開き、腹部などの肌が黒焦げになる。ブルーノの魔法はあまりにも『強度』が高すぎて、十数秒で元通りになるとはいえ、服や肌への生々しい傷を防ぎきれない。

 もう一度至近距離で血液を発射されると思ったクローディアは、バク転して間合いをとった。すぐに立ち上がり、魔法を撃ち返せるように、両手に華麗な火炎を纏わせる。対するブルーノも立ち上がっていて、彼の両手はドス黒い血液が覆われている。それから、どちらともなくお互いの魔法を遠距離から放った! レーザー光線のような赤と黒は、二人を線で結んだ中点でぶつかった。だが徐々に血液が火炎を押し込み、クローディア本体に迫っていく。

 魔法には単純な効果・威力とは別に『魔法強度』という概念があり、これが高いほど他の魔法を打ち消しやすく、『抵抗力』が高いモノに対しても効果を発揮しやすい。現実離れした魔法ほど強度が低い傾向にある。例えば時間を止める魔法が実践投入されにくいのは、見習い魔法使いの攻撃・防御魔法ですら、簡単に無効化される程に強度が低いからだ。そして、ブルーノの魔法はアーティストの中でも群を抜いて強度が高く、魔法の相殺合戦に勝ちやすい。

 いよいよブルーノの魔法がクローディアの目前に迫り、彼女の前面が溶解していく。見世物としては分かりやすい、プロレスでいうならば手四つの力比べのような、正義の味方のピンチの演出。

Part6

 会場では絶え間ない悲鳴が鳴り響く。クローディアが放つ火炎とブルーノが放つ血液が、さながら赤と黒のレーザー光線のようにぶつかり合う。魔法強度で勝るブルーノが優勢で、まもなくドス黒い強酸性血液がクローディアの全身を呑み込もうとしている。既に彼女の前面は服がボロボロで、肌も黒焦げになっている。

 やがて、「クローディア、がんばれー!」「負けるなー!」などと、悲鳴は数々の応援に変わる。と、クローディアの火炎がドス黒い血液を押し返し始める。

 魔法は使い手の願望や生育環境などによって、得意魔法や本人ならではの特殊能力が変わる。クローディアの場合、BASの看板娘として「皆の応援に応えて、ショーを盛り上げたい」という願望や、BASの企業の会長(クローディアの父)からの英才教育を受け――開花したのは、『応援されることで魔法が強化される』特殊能力。

 だからクローディアは、数万人もの人々から応援されることで、ブルーノを遥かに上回る魔法強度となった。今やクローディアが放つ凄まじい火炎が、ブルーノの目前に迫り呑み込む寸前だ!

(あぁ、マジムカつく! アタシもあのドームに行けたら!)

 カーリーはうつ伏せになったまま、思わず歯を食い縛り、片手でベッドを殴った。タブレットに映るのは、クローディアを応援したり、歓声を上げて喜ぶ観客たちの様子。とても楽しそうで、羨ましい。BASが好き。もっと言うと、クローディアを応援したい。ただそれだけの共通点で、生まれも育ちも大人も子どもも――不登校であることも関係なく、悲鳴や歓声を上げて、一体感を得てみたい。

 だが、田舎に住んでいる少女であるが故、BASの本拠地に行く交通費が捻出できないし、両親も出してくれない。こんな辺鄙な場所では、アルバイトの求人も足りないし、今流行りのインターネットで収益を得る方法周りに反対される。ネットが世界中の垣根をなくしたなどと尤もらしく言われるが、実際には他人の幸福を見せつけられ、自分の無力感や虚しさを思い知らされるだけなのだ。

Part7

 観客の応援によって、クローディアの火炎の強度は、ブルーノの血液の強度を大きく超えた。ぶつかり合っていた赤と黒の境界線が、ブルーノの両手まで迫った瞬間、一気にブルーノの全身が炎に包まれる! ブルーノが控えめな悲鳴と共にブッ飛ばされ、再び見えない防壁と背中が激突したのを見て、凄まじい大歓声が上がる。

 BASは限りなく実践に近いバトルとは言ったが、同時に興行としての派手さ、分かりやすさも求められる。例えば、相手にトドメを刺すときの必殺技。ヒールが弱り、正義の味方(ベビーフェイス)が大幅に強化された今が、所謂最高の撮れ高である。

「覚悟しなさい!」

 クローディアは叫ぶと、黄金色に揺らめく美しい火炎を全身から発した。それは彼女の背後で竜を思わせる両翼を象り、その姿はさながら伝説に謳われる炎の竜神。片手を腹にあてながら、片膝立ちで動けないブルーノを見据えたまま、クラウチングの体勢をとる。

「チャンピオンズ・ランウェイ!!」

 クローディアと観客たちは同時に叫んだ。ファンにとっては、最早説明不要と言われるくらい有名な必殺技。炎のドラゴンとなったクローディアが、低空飛行してブルーノに渾身のタックル!

 ブルーノは火達磨になりながら、リングの遥か上空に打ち上げられた! さながら最後の特大花火を見上げるかのような、今日一番の大歓声。数秒後、ブルーノが力なくリングの中央に落下すると、パリン! とガラスが割れるような音と共に、ブルーノの周囲で半透明のエネルギーが崩壊した。これはシールドコアのエネルギーが切れた証――すなわちノックアウトだ。

 すぐに試合終了を告げるゴングが鳴り響く。「皆の応援で勝てたよー! ありがとー!」と、普段の姿になったクローディアが勝気な笑顔と共に手を振る。強酸性の血液による、黒焦げた肌やボロボロになったジャケットは、すっかり再生されていた。彼女を称えるコールや拍手喝采は、ドームの天井を破る程の勢いだ。

 ――時代によって顔ぶれは違うが、いつだって人間は人気者に肖ろうとするもの。BASの会場で数万人もの観客が熱狂しているし、ネット配信でもカーリーの他に十数万人もの視聴者がいる。エルピス地球やアルケー地球に留まらず、その他の世界のモノですらBASを楽しんでいる。あらゆる世界から注目を浴びるアーティストたちに魅入られたら……人々は承認欲求を刺激されるのも当然だろう。

Part8

 クローディアは観客席を見回しながらスピーチしている。

「可愛い後輩アーティストをいじめたら、このクローディア様が許さないんだからね!」

 クローディアはリング上で倒れているブルーノを何度も指差す。「そうだ、そうだ!」と観客たちが叫んだ。それからクローディアは、リングで蹲る若い女性のアーティストに手を差し伸べる。

「怖かったね。もう大丈夫。立てそう?」

 後輩アーティストは笑顔で頷くと立ち上がった。これからクローディアが後輩の紹介をしてから、後輩自身による自己紹介が始まるだろう。だからカーリーはタブレットでの視聴をやめた。何となくその子が苦手だったからだ。

 それまでベッドでうつ伏せになっていたカーリーは、ベッドの端に腰掛ける。なんだか暴れたい気分だ。カンフー映画を観た後は、なぜかカンフーの練習をしたくなるが、それに近い心情といえる。

 「やるか」と呟いたカーリーは、自室に設置されたサンドバッグの前に立った。両親にワガママ言って買ってもらった中古品。毎日のように殴ったり蹴ったりしているせいで傷だらけだ。

 まずは振りかぶって大振りの一撃。パン! と大きな音が家中に響く。彼女の体格や粗削りなモーションの割には、物理的にありえない威力だが、そこは肉体強化の魔法によるもの。毎日のように筋トレすれば筋肉が発達するように、意識して身体を動かすだけでも、魔法の技術や魔力(魔法を使うエネルギー)は発達するのだ。

 それからパンチとキックのコンビネーション。動画サイトで観た格闘技解説にできるだけ忠実に、そしてクローディアのような魔法の火炎を纏うイメージをしながら。然るべき対象に攻撃衝動をぶつければ、それだけでイライラの解消に役立つ。加えて、憧れの存在を真似ての同一視や現実逃避で、カーリーの心は癒されるのだ。

Part9

 カーリーはサンドバッグに対して、何度もパンチやキックを繰り出し続ける。たまに背中の鷹の翼でビンタのような技を放つ。

 色々なストレス解消方法を試してみたが、これが一番無心になれる。近所を散歩すれば、寂れゆく田舎町という現実を突きつけられて鬱になるだけ。マインドフルネスをすれば、心の中にある焦りや怒りを直視させられて逆に辛い。だが、行き場のない攻撃衝動を吐き出せるのはスッキリするし、何となく自分も強くなった気がして気分が強くなる。

「カーリーいい加減にして! うるさい!」

 ドアの向こうから母親に怒鳴られた。家中にサンドバッグを打つ音が響いていたから、まあ叱られるのも無理はない。

「アタシ今日、そんなに音出してなくね!?」

 スッキリした表情を浮かべていたカーリーは、急に険しい顔となって言い返す。彼女の基準では、最初の大振りな一撃以外は音を抑えてやっていたつもりである。

「明日、朝早いんだからもう寝なさい! 有名な講師の不登校復学セミナーだから、しっかり受講しないと」

 カーリーは「チッ」と舌打ちすると、そのままベッドにダイブした。深いため息をついてから、ベッドに転がっていたタブレットを手に取る。もっと格闘技の練習をしたかったが、貴重なストレス解消方法を奪われたから、仕方がなくネットサーフィンを始めた。

 周囲に秘密でやっているSNSでは、多種多様な人間が幸せ自慢や不幸自慢に勤しんでいた。すぐに飽きて、BASの配信が他にないかと探してみたが、今配信中のものではこれといって推せるアーティストは見つからない。今度は「バトル・アーティスト なりかた」と検索する。半分は本気で、半分は現実逃避だ。そのうちカーリーは寝落ちしてしまい――鬱屈した一日が、またやってくる。

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