頑固な農夫に関する短い物語(短編小説)
とあるところに、素直でまじめな男が暮らしていた。もうすぐ春がやってくる。男は畑を耕して、種を植える準備をはじめた。種が居心地よく、ちゃんと育つように。そのためには、自分が仕事をしなければならないことを知っていた。
となりに、頑固な男が暮らしていた。もうすぐ春が来る。けれども、彼は畑を耕すのを面倒だと思っていた。「どうして、俺が耕さなきゃならない? 畑は、畑自身が準備するべきだろう。種もまた、勝手に丈夫に育つだろうし、育ってもらわなきゃ困る。すべては、俺の思い通りになるはずだし、そうでなければならない」そう思って、彼は畑を耕さなかった。
種を蒔く日がやってきた。素直な男の畑は、柔軟で、なんでも受け入れることができるほどだ。ふかふかとした布団のように気持ちが良い。種がいつ中に入っても、好きだけその根を伸ばせるように準備されていた。
けれども、頑固な男の畑は、凝り固まっていた。アスファルトのように硬くなっている。男は野菜の種をもらってきたのだが、その種を蒔いたとたん、その種は、固まった地面に跳ね返され、あちこちに散らばっていった。もう、大半の種が、どこにいってしまったのか、見当たらない。男は、探すことさえも、面倒臭いと思った。「どうして、俺が探さなきゃならない? 種子から、俺のほうにやってくるべきだ」
となりの素直な男の畑では、彼は膝を汚し、手を汚し、しっかりと土の中に手を入れて、種子を置いていた。大切に。一粒、一粒、決して無駄にしないようにと。
数日が経って、雨が降った。そのおかげで、一気に芽が出てきた。素直な男の畑では、一列、きれいに芽が顔をのぞかせている。雨は、自然の恵みだった。男は種子を植えただけなのに、あとは天気と、大地が仕事をしてくれている。彼はうれしくなった。何もしてないのに、色々と与えてもらっていると思ったからだ。
となりの頑固な男の畑でも、芽が出ていた。ほんの、いくつかは。しかも、デタラメに。「なんだ、これは!」と男は不満に思った。「どうして、俺の思いどおりにならないんだ! どうして、ちゃんと芽が出ないんだ!」文句を言って、それでも諦めるしかなかった。「もっと雨が降れよ、足りないんだ。いや、待てよ。土が悪いのかもしれない。そうだ、土のせいかもしれない」そうして、日が暮れていった。
夏が来て、その野菜は、どんどん成長していった。はじめは、頑固な男の畑の野菜も、同じように育っているかに見えた。ところが、徐々に対照的なほど、違いが見られるようになった。
素直な男の野菜は、色艶もよく、元気である。ところが、頑固な男の野菜は、あたかも成長が止まったかのように、萎えはじめているようだ。「肥料がないんだ」頑固な男は思った。「そうだ、肥料のせいだ。いや、病気になったのかもしれない。病気のせいだ。いや、虫にやられているのかもしれない」
頑固な男は、問題を解決するために、あるいは状況を自分のイメージどおりにするために、肥料と薬を買い、大量に撒き散らした。「頼むぞ、おい。ちゃんと育ってくれよ」と願いを込めて。
やがて秋になり、収穫の時がきた。素直な男の野菜は、立派に熟していた。急いだわけでもなく、怠けていたわけでもない。ただ時間と共に、じっくりと成長してきたのである。雑草も見当たらない。というのは、彼は時間を見つけては、草むしりをしていたからである。不要なものは不要。必要なものだけを、きっちりと残すようにしていたのだ。自分に何ができるのか? と考え、できることを、やってきただけであった。太陽は、黙っていても仕事をしてくれているし、大地もまた同じ。ただ感謝だけが心に浮かぶ。
実際に、自分が野菜を育てているわけではないと彼は知っていた。
となりの頑固な男の畑はというと、そこは未開拓の地のように、雑草だけが繁茂していた。どこにも野菜らしきものは見えない。それどころか、男の姿も見えなかった。
ふと、様子を見にきた素直な男が、しょげている頑固な男を見つけて、声をかけた。
「おいおい、どうしたかね? 大丈夫かい?」
「いや、もう散々だ。どうしようもない」
「いったい、何があったんだね?」
「どうもこうもない。天気は悪いし、土は悪いし、病気にはなるし、虫には食われるし、見てのとおり、雑草だけが元気だ。この雑草め!」
「そうかい?」と素直な男は言った。「天気は、良かったよ。雨も降ってくれたし、それほど病気にもならなかった」
「そんなわけがない」
そこで、素直でまじめな男は訊いた。
「ちゃんと、根がずっと深く、どこまでも伸びるように、耕してあげたのかい? なんでもそうだと思うがね、根がちゃんとはらないものは、すぐに病気になったり、栄養も吸収できないから、すぐにダメになっちゃうんだよ」
すると、頑固な男は、このように答えるのだった。
「なるほど、そうか、わかったぞ。根のせいなんだ」
了