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[小説] 私が菊川君のプロポーズを断らない理由(または、確率の高い“IF”)2/3

 予想に反して、私はすぐ菊川君に夢中になった。菊川君は楽しいことを沢山知っていたし、あなたの紹介してくれた人だからきっとうまくいくのだろうと思った。雑誌やテレビで見たようなデートスポットにエスコートされ、三度目のデートで菊川君は私を好きだと言った。こんな素敵な人と恋ができるなんて夢のようだと思った。
 あなたを好きな私は、この人に好かれる理由があるのだろうかと少しだけ考えかけたが、そんな疑問は幸せなキスをして忘れてしまった。あなたもこんなキスをするのだろうか、と別の疑問が頭に浮かんだ。

 菊川君も私も、数人にしか交際を話していなかったが、その年の誕生日、私は秘密の共有者たちからサプライズパーティを受けた。仕掛け人はもちろん菊川君だ。菊川君には仕事が繁忙期で当日は会えないと言われていたから、私はとても驚いて、滲む世界に目を凝らしていた。
 あなた以外の人を好きになれた私と花火を挿したケーキを囲む完璧な空間には、だけどあなただけがいなかった。菊川君はあなたも誘ったと言っていて、言い方が悪かったかなと首をかしげていた。あなたが悪いわけがないのだから、私も菊川君のやり方が悪いのだろうと思った。

 菊川君と私は社内の人間の話をよくした。中でも共通の知り合いであるあなたの話が最も多かった。あなたが私より年下の女の子にアプローチをかけたと話や、あなたが合コンで会った女性と結局うまくいかなかった話、失恋直後にハワイでナンパをしていた話を、私はいつも、まるでまだあなたに恋をしているかのように一喜一憂しながら聞いている。毎日見ているのに、一番あなたを見てきたのは私なのに、私には見せないあなたがここには沢山いる。私は菊川君といるからこそ、そのあなたと会える。どんなあなただって等しく愛おしい。あなたの側にいられるのなら、どんな全ても意味を持つ。

 
 菊川君と付き合って、一年近くが経とうとしていた。
「濱がこのまま菊川とうまく続いたら、俺、仲人ってやつ?」
 と、ある日の外回り中にあなたは言った。
 私はあなたに菊川君の話をよくした。休日に観光地へ出向いても、表向きは友達と行ったということにしていたけれど、あなたには本当のことを話した。あなたはいつも少し困ったような顔で笑った。
「そうなったら、スピーチしてくれますか?」
「今から内容考えとかないとなあ」
 話しながら泣けるかもしれない、と続けたあなたのその姿を私も想像した。とても素敵な場面だ。あなたが祝福してくれるなら、私は地獄だって天国に変えられるだろう。だから私は、つい先日菊川君と別れ話が出ただなんて言えずに、架空の幸せな一日を終えるのだ。

 あなたに彼女が出来たと聞いたのは、菊川君と何度目かの別れ話を踏みつけ、汗ばんだシーツの上で呼吸を整えている時だった。彼女とは地元の友達の紹介で知り合い、同郷のよしみもあって急接近したらしい。私と同い年のようだった。重力が増した気がした。
 ダブルデート出来るかもね、と菊川君は言った。菊川君にしては良い案だと思った。さて、あなたの彼女とどんな話をしよう。私はあなたの彼女を不快にさせることなく、あなたの話ができるのだろうか。
「待ち遠しいな」
 菊川君には聞こえなかったみたいだった。それから、ダブルデートの機会はちっとも回ってこなかった。この先にもずっと来ないかもしれないけれど、可能性を棄てることは難しかった。菊川君とは当分別れられそうにない。

 菊川君と過ごす私の二度目の誕生日が来ようとしていた。今年のその日は祝日だったから、菊川君は私を旅行に誘った。私が行きたいと言った場所を菊川君は嫌がった。これは何のお祝いだっけ、とぼんやりと思った。
 何度目かのリテイクで夜景の綺麗な観光地をあげた時、ようやく菊川君は満足げにそこに行こうと言った。私はメジャーな都市を北から思いついた順にあげただけなので到底行きたいと思えなかったし、ああ、菊川君はプロポーズをするつもりなのだろうとわかった。
 綺麗な夜景が窓の外に広がる。高層階のセンスの良いレストランの一角。私と菊川君はワイングラスを傾けている。菊川君に神戸の夜景はよく映えるだろう。向かいにいる私は、菊川君と夜景の向こうに、あなたが誰かに送るプロポーズを夢想している。私に発言権はあるのだろうか。

 菊川君の隣にいれば、万が一私があなたの部下ではなくなった時もあなたとの繋がりは保たれる。二人で遅くまで飲んだ帰りに菊川君は、あなたを私と住むアパートへ引きずってくるかもしれない。二人分の介抱は骨が折れるかもしれないけれど、私はいつもより菊川君に優しくなれる。誰も損をしない。私が菊川君をあなた以上に好きになれなくても、問題なんてひとつもない。
 私は可能性に触れているだけで、世界中の誰よりずっと幸せな女でいられるだろう。

 菊川君は計画を思いついたらすぐ実行に移したがる。だから菊川君と私は次の日に早速旅行代理店に行き、神戸行きのチケットとホテルを確保した。私はひとつも異議を唱えなかった。溜息を吐く暇もなかった。

3/3→ https://note.mu/herbestmoon/n/n6cd6b29068f7


写真素材:https://www.pakutaso.com

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