ぼくらの100日モラトリアム(63/100)
44日前(9月12日・火)
あと三日で仕事が終わるなんて考えられないほど、仕事が追い付かなくて実感がわかない。そう思っていたところに、先輩社員から産休前の餞別というかお祝いのような贈り物をいただき、あ〜私ほんとうに会社しばらく来なくなるんだ、と少し実感する。
ベビーカーについて本腰を入れて検討する。ランチの時間に先輩に話を聞いていたら、ベビーカーでマウントを取ってくる人もいるらしくて恐ろしい。
自分の気に入ったベビーカーだったら、自慢なんてしなくてもただ楽しい気持ちになるだけじゃないのぉ……? と思うのだが、実家とか義実家、もっと手前にはパートナーの意見もあるし、洋服と違っていくつも使い分ける訳じゃないベビーカーの購入って、案外難しいのかも。
関連事項として、洋服でもマウントを取ってくる人も存在するので注意とのこと。
そんな話を受け、夜、夫とベビーカー談義。
以前見に行った中で2つのブランドに絞っていたのだが、その時に二番手だったブランドの方がいいなと夫に伝えた。
どうして私が鞍替えしたかというと、機能面で少し不安なところが見つかった……というのも本当だけど表向きの理由で、改めて街を注意して見てみると、このブランドしかベビーカー売ってないの!? というくらい数が多く、カラーバリエーションも少なくて人とかぶりまくるだろうし、面白くないなという気持ちが沸いてきてしまったから……という理由も少なくない。こちとら、いつでも逆張りの人生を選んできた自負(?)がある。
加えて、昼間に聞いた件のマウントベビーカーが、まさに一番手に据えていたブランドでの事件だったので、私の中で印象が下がってしまったのだった。
そのブランドは一般ラインから高級ラインまで商品が細かく分かれており、マウントを取るには絶好の環境が整っている。嫌な感じがした。風評被害なのは認める。
昔はそこそこ尖っていた(あるいは、尖っているように見せかけていた/見せていたかった)私だが、ある時からその生き方をやめ、逃げるコマンドを贅沢に駆使して生きてきた。そうしたら、断然こっちの方が生き易かった。
誰かを強く恨むことも執着することもなく、誰かと自分を比べて落ち込むこともない。その変わり、生存本能的なものはキッチリ失ってきているので、人の悪意にはめっきり弱くなったけれども。
でも、だからこそ、避けられる苦労はスルーして生きていきたい。ちょっとそういうの、昔よりビックリしちゃうからさ……。
夫は、自分たちの要望満たしてるのって一番手の方じゃなかったっけ? と首を捻りつつも、まあ好きなのでいいんじゃない、と言った。
そこで上記にある私の感情面的な理由はとりあえず横に置いておいて、機能面の良いところを軽く説明しておいた。
iPhone15シリーズが発表された。充電機構が待望のType-cになるということで、子どもも生まれることだし、ここいらで機種変更をしようと決心する。決心しても、お金は沸いてこないのが玉に瑕である。
43日前(9月13日・水)
今日を含め、あと二日で仕事が終わる。
せっかくなのでラスト二日は思い出作りでもしようか。そうだ、会社近くのカフェでモーニングでもしよう。この辺りは、レトロからニューウェーブ系まで、そこそこカフェが多い地域なのだ。
それなのに早く起きることが出来ず、結局駅チカのサンマルクに駆け込んだ。
しかも駆け込むくらい時間的余裕もなかったのに、(なんか量が足りなそう)と思ってしまい、パン1個+ドリンク一品のモーニングメニューを無視してパン2つと甘めのドリンクをオーダー。ドカ食い&早食い、良くないことしかしてない。
今までは、ごはんの量なんて足りなきゃ足りないでいーやの人だったので、多めに頼むことはなかったんだけど、人はきっとこれが積もっていくことで太っていくんだな……。
ちなみに私の体重は順調すぎるくらいに増えている。最近は、毎日見ている顔でも(さすがに丸くなったな)と思うほど。
ところで、今日まで私が経験したほんの少しの時間を見る限り、電車で優先席ゾーンにくるサラリーマンは、周りのことを一切見ずに席に座ったままの人が99%だ。私や他のマタニティマークを付けている人がそこに立っていても、そもそも目の前にどんな人が立っているか一瞥もしない人が本当に多いように感じる。
わかるけどね、リーマンって疲れるよね。でもそうじゃない。
あなた方はその昔、配偶者と一緒に子供を授かった経験があるんじゃないの……? その時の気持ち忘れちゃった……? という寂しい気持ちになる。ゼロ経験で想像力が働かないよりタチが悪い、と個人的には思う。
普段がそんなだから、今日は中年サラリーマンに席を譲られ、意外過ぎて挙動不審になって申し訳なかった。お礼はちゃんと言った。
電車で席を譲ってくれるのは圧倒的に若い世代が多くて、中年以降のサラリーマンには、座ろうと思った時にぶつかられたり割り込まれたりするのが珍しくなかったのでね。
そして、なぜかバスでは中年以降の方が譲ってくれる(高齢者の方々も我先にと譲ってくれようとする)。これなんでだろう。
夜、またベビーカーのカタログを見ていたら、どうやら夫は昨日の私の鞍替えをあまり本気にとっていなかった様子。
話していると、今まで候補になかった会社名をあげたのでかなりビックリしたけど、チャイルドシートを買ったところで扱っているベビーカーだから興味を持ったみたい。なるほど……?
さらにはスポンサーである義母が、買い物に行くなら金曜がいいと言っているらしく、はぁ、私は産休初日だからいいけど、あなたの愛息は普通に仕事ですよ、と思う。
義母はそんなふうに、たまにマイペースだ。ひとりっ子だし。ただ私もひとりっ子だからか、実の親も強烈だからか、そういうふるまいを見ても嫌な気持ちにはならないんだよね。こういうとき、この性分はありがたい。
まぁ、ひとつカフェの予約をしていたので、その時間だけはズラして義母……というか夫の自由になる時間に合わせられるように調整した。
42日前(9月14日・木)
朝の電車で、日記の編集するのが習慣になった。
とはいえ、泣いても笑っても習慣になっていても今日で出勤は終わり。しかし今日も言うけど、終わりの実感は全然ない。
今日こそ会社近くにある有名パン屋の姉妹店でモーニングを、と意気込むも、よくよく確認したら、コロナ禍でOPENが8時から9時に変更になっていたことがわかった。さすがに9時オープンじゃ始業に間に合わない。
かといって、もうひとつの候補だった店も会社からそんなに近いわけではないから、案外ゆっくりできないかも? などと考えていたら、そもそも早めに起きることができず、家でいつも通りの朝ごはんを取ることになった。ある意味、私らしい気もしなくもない。
昼休み、会社の先輩でもあるリア充な元彼と引き合わされた席に同席していた女の先輩とエレベーター内で会う。この先輩は、その人と別れてからの私のことを心配してくれていた人(元彼はその後、そこそこのスピードで伴侶を見つけて、子供にも恵まれた)なんだけど、先輩が異動してから話す機会は少なくなっていた。
かなり大きくなった私のお腹を見て、先輩が「ここまで長かったね」と神妙な顔で言うので、本当にそうですね、と返した。普段交流がなかったとしても、私みたいな人間に目をかけてくれる人がいるのはありがたいことだ。
関わっている人全員が知っていたことだが、私の仕事がきれいには畳めないことが確定したので、夕方、適度にそれを丸めてから放り出し、挨拶回りにシフトする。私に個別に挨拶なんかされても迷惑なんじゃないかな、と不安だったけれども、結局やいのやいのと話して写真を撮ったりする。
甘いお菓子を多めに、甘いのが苦手な人用にしょっぱいお菓子を添えて配り歩いていたのだが、予想外にしょっぱいの需要が高い。不思議がっていたら「みんなジジイになったってことだ」と解説が入り、そうか、私が入社十数年だもんな……と妙に納得する。ジジイは甘いよりしょっぱいがお好き。
復帰するときまで覚えていたら、今度はしょっぱいを多めに持ってこよう。
思いもかけず、所属部門のメンバーから結婚式祝いにBRUNOのカタログギフトをいただく。やっとこの前結婚祝い返し終わったところだったのに! と瞬間的に思ってしまったことは内緒。
渡された時に「BRUNOってそこそこ有名なんだよね? 知ってる?」と問われたので、前述のリア充な元彼の紹介元である元上司が、結婚祝いにBRUNOのデカいホットプレートセットをプレゼントしてくれたという話をすると、現上司が「やっぱそういうとこ格好良いよな」と呟いた。後輩にとことん慕われるこの元上司、まあ私も恋愛感情的な意味で好きだった時期もあるんだけど、そう、やっぱりそうなんだよね。
一見すれば、単に手を離れた元部下にさらっと新婚世帯が使いそうなアイテムを贈る行為。ただそれだけでも価値がある。
私からすれば、それが罪悪感でも同情でも何でもよくて、ある意味残酷な行為だとはじめは思ったけれども、お礼の電話をした時にわかったから。そんなしがらみありましたっけ? と言わんばかりに電話口の声は嬉しそうで、心から祝福してくれているのがわかってしまったから。この人のこういうところが本当に人たらしで困る。ほんと信じらんない。
この人は私に子供が生まれると知ったら、また自分のことのように喜ぶのだろうか。ま、自ら報告する気もないし、確かめる機会はないと思うけどね。
挨拶回りの後、適度に丸めた仕事の残りをちょっぴり開いて部のメンバーみんなで最終引継ぎ。結局、最後まで仕事に追われ、オフィスに人がほとんどいなくなってから漸く仕事終いになった。
最後はボスと握手をキメて、オフィスに背を向けた。
そんな感動の退勤を決めて家に帰ると、夫がクタクタになって転がっていた。夜ご飯を食べていないとのことだったので、新大久保で焼肉でも食べようということになり、美苑へ。
新大久保ではあるが、いわゆる韓国焼肉ではなく、日本風の焼き肉に近い感じ。私たちは20時前後に店に入ったはずだが、その後からも予約客などがひっきりなしに来ていて、人気店のようだった。
新卒入社からの勤続お疲れさま記念ということで、食事代は夫が出してくれた。
家に帰って、会社で他にもいただいたものがあったので、ひとつひとつ開けてみる。どれも心がほっとするありたがいものばかりだ。
みんなと撮った写真を見たら、確かにビジュアルは年をとったしマスクの跡付いてるし人生最高に太っているけれど、いい笑顔をしていた。ずっと私の仕事には価値がない、意味もないと思っていたけれども、そんな十数年はもしかしたら無駄じゃなかったのかも、と少しだけ思えた。
41日前(9月15日・金)
ようやく突入した産休初日、ばーんと遊ぶしかないじゃない! ということで、今日はA3!コラボのアニメイトカフェの予約を取っていた。ベビーカーを見る予定のおかけで大分予約のキャンセルとし直しを繰り返しはしたが……(規定の範囲内において)。
本当は『memoria』に行く日に友人らと行く予定だったのだが、開催時期がかぶっていたせいか、抽選に落ちてしまっていたのだ。でも推しがピックアップされていたので、どうしても行きたかったんだよね。限定グッズのアクスタが欲しかったんです。
出産予定の医院では、感染症対策で面会にも殆ど来てもらえないから入院中に病室に飾ってもいいし、なんなら陣痛中に目の前にぶら下げたっていい……わけないか、思ったより鋭利だからな、アクスタ。
以下、アニメイトカフェ初体験者の感想箇条書き。
頻繁にアナウンス(今から物販開始です など、時間や仕組みに関するもの)があって、カフェというよりアトラクションみたいだった
私は離席していいというアナウンスがあってすぐ、推しらの等身大パネルの写真を撮りにいったけれども、他に写真を撮る人は殆どいなかった。つまり、みなさんもう今季二度目以上のご来店だったのかな?
隣の席にいた男女二人組はブラインド商品を大量に買い込んでおり、女性が「友達の推しばっかでる!」と言ったタイミングでちらっと横目で視線を送ると、私の推しだった
ひとつのメニューの量は多くないけど、ドリンクも甘いものが多いし、デザートまではいけなかった
驚いたことといえば、アクスタを買いにいった時、レジのお姉さんが「あと〇〇円分(※あと数百円だった)買うと特典がもうひとつ付きます」と営業してきたこと。確かにここは飯よりグッズの世界だし、とても大切な声掛けのひとつなのかも。
あともうひとつ驚いたのは、店員じゃないのに各テーブルを軽く見回っている人がいて、なんだろう? と思ったら、食事メニューをひとつ頼むとランダムで1枚配布されるコースターの交換相手を探す行為だったようだ。
私も人気キャラの一人を引いていたので、それを見た女性がひとり、声をかけてきた。しかしお作法がわからず、つっけんどんな態度になってしまった。最後にしどろもどろになりながら「アニメイトカフェがはじめてで、どう対応していいかわからなかった。不愉快だったわけじゃない、すまん」という内容を伝えたのだが、私より全然年下の彼女は、全然気にしない風で「そうなんですね! 大丈夫です、ありがとうございました」と言ってきれいにビニールがかけられた別キャラのコースターと交換してくれた。
キャラが多くてブラインド商品が多いコンテンツだと、モノを言わせる資金力の他に、こういったコミュニケーション能力も必要になってくるのか……と、昔からネットでもコミュ障だった私は恐れおののくしかなかった。
アニメイトカフェを退店後、新宿伊勢丹に移動。サロンデュショコラも開催される催事場でサンリオイベントが行われており、それに出展されていたmicarinaさんのサンリオキャラクターを象ったアイシングクッキーが目当てだ。micarinaさんのクッキーはデザインもさることながら、味が好きでついつい買ってしまう。おいしくてカワイイ、最高。
私が行った時点でかなりの売り切れがあり、この日はシナモンちゃんとマイメロちゃんをお迎えできた。
まだベビーカーを見に行く約束まで時間があったので、ついでにルブタンとボビィブラウンで気になっていた秋ファンデのお試し。その後待ち合わせの池袋へと戻る。
夫と義母は待ち合わせの時間より少し遅れるとのことだったので、一足先にべビーカー売り場に行き、結局今日まで決まらなかった2製品について説明を受けた。そこで「私こっちを買いたいので、今の情報を夫にも説明してください!」などと作戦会議。完全にズル。みんなと私の秘密だよ!
しかし実際問題、当初予定していた機種が15kgまで対応で、私の欲しい方は22kgまで対応している、というのは必要な情報だったと思う。
夫らと合流したあと、店員さんにも「こちらだと、セカンドベビーカーが欲しくなるかもしれないですね~」などと援護射撃をいただく。その上いくつかのオプションを勧められ、おっとりとした義母の「後で買うのもめんどうだし、必要なものは今買っちゃいましょう」という鶴の一声でレインカバーなどもつけてもらい、無事にベビーカー戦は決着した。義実家に感謝。
先週の日記の編集をしていてはじめて、モラトリアム期間が既定の半分をとっくに切っていたことを知る。
40日前(9月16日・土)
夫の用事で出かけたついでに、不二家レストランで昼ごはん。別卓で誕生祝いが行われており、音の鳴る食べられないペコちゃんケーキが盛大に女児の卓に運ばれていくのを見守り、微力ながら拍手に参加する。
遅い昼食だったのになぜだかお腹が空いておらず、食後にケーキも食べる予定だったのに、ごはんメニューすら食べきれなかった。これまで食欲は増進するばかりだったので別に減ったっていいのだが、これはいよいよ腹のデカさがピークに近づきつつあるということなのだろうか。
地図を見ると、近くにアカチャンホンポがあったので帰りに寄る。自分の入院グッズが一通り揃ったことで、少しだけ不安が緩和された。
赤子用品にまで気を回す余裕はまだない。色々なガイドブックとかネットとかに書いてあるけど、それが全部必要なのか不明瞭だし、多すぎてどこから手をつけていいやらわからない。
39日前(9月17日・日)
左下腹部がたまにちくりと痛い、ような気がして怖い。怖いけど、怖い怖いと言っている間に本当は何分置きに痛いとか記録しておくべきなんだろうな。でもたぶん陣痛にはまだ早いし、そういう痛みではないような気がする。けど、「気がする」っていう気持ちで動いていい世界なのか不安がある。
不安と言えば、昨日からだけど、お腹が本当に空かなくなった。
食べれば食べられるし、ほとんど動いてないせいかもしれないけど、これはこれで不安。
38日前(9月18日・月)
夫はテレワーク中心だし、私は産休に入ったしで、私は荷物の整理がてら次の検診まで実家に帰ることになり、夫に実家へ送ってもらう。
甘やかされていた実家暮らし時代、出来るだけ省エネで生きてきた一人暮らし時代を経て結婚をし、そこそこ「動く」という習慣が出来た今でも、実家に帰ると途端にダラダラしてしまう不思議。日記すら書きたくなく、本日の日記の推敲前は暗号か? というくらいただただ単語が並んでいた。
寝る前の妊婦ストレッチも一切しないで寝てしまった。
夜ごはんは両親と外食だった。歩くときに掴んだ母の腕の感触が、かなり萎んでいるのでドキッとする。ただ、最近は母も「たまに馬力が出なくて疲れちゃって」というようになったので、むしろ安心している面もある。
「お母さんまだまだできるから! なんでも頼って!」と言われると、ああこき使って悪いな……という感情が沸くから。まあやってることは一緒なんだけど、無理をされるのも本意ではない。
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