ぼくらの100日モラトリアム(70/100)
37日前(9月19日・火)
引き続き実家にいる。人より長年過ごした実家とはいえ、枕が変わったことでポケモンスリープでいう睡眠タイプが変わったので、私の今はここにはないんだな、と感じる。
あの頃はこの天井を見ながら、何にもなれない自分への焦燥感に駆られたまま、膨らみ過ぎた罪悪感に押し潰されて死ぬんだと思っていた。
自分の家族を持つことがゴールでは無いけれど、この家族帯は私にとって錆びた歯車だったから「もっと別の何か」が世界にあるのかを知りたかった。そのためには、自らそれを持つ必要があった。
婚活を頑張れたのかどうかは、もはや自分では判断出来ない。少なくとも5年以上は婚活をしたし、無駄に使った時間も財産も沢山あった。そして実らなかった時間に起きたかけがえのないことも、その先の出会いも、時間という偶然が積み重なったに過ぎない。たぶん、全て必要なものだったのだけれど。
今手のひらの中にある「もっと別の何か」が何物であるかはおそらく、それが終わる時もしくは死ぬ時にしか判断が付かないだろうから、私はいつまでも架空の量子力学空間に猫を飼い、愛で続ける。その結果を観測できるまで。
この先困難なこと、辛いことが山ほど襲いかかってくるかもしれない。それでも、後悔だけはしない。私は落ちてくる天井と床の隙間から抜け出し、自分の足で歩くことを選べたのだから。
その足がいつか思いの外早く潰れたとて、どこかでとっくに潰れていてもおかしくなかったのに、よく頑張ったな、と思う以外の感想は沸かないに違いない。
午後、偶然にも母の親戚2人から別々に家宛てに電話がかかって来たので、急遽テレビ通話をした。顔を見せて腹を見せて激励される。
そもそも、実家に来た名目は私物の片づけなのだった。一人暮らしの家から新居に移る時、荷物が多すぎて実家送りにしたものが大量に残っている。
ひとりでゆるゆると作業しようと思っていたら、母がサポートに入ったおかげ(せい?)で、サクサクとダンボール箱が5箱片付いた。箱はまだまだあるけれど。自分だけで作業していたら捨てられなかったものが大量にあったので、片づけはこういう第三者とやるのが最適なのか……。
主な捨てたものとしては、デザインが可愛い紅茶の空き缶(いただきもので本当に気に入ったものは数点残し)、サロショで集めまくったショコラティエたちのサイン入り空箱(本当に気に(ry)、ちょっとはしっこがすり消れたお気に入りのバッグ、何年も使っていないティーカップ、他。
さよなら、今まで私を支えてくれてありがとう。
今日は掃除業者が来ており、出産後、自分たちの住むフロアの床にワックスがかかる。リフォーム計画をした当初は、別にそんなに傷ついてないからとワックスはかけないことにしていたのだが、ぴかぴかになるとまた印象が変わる。転がりたい、腹が邪魔で転がれない。
夜、母と話していたら「人間、産まれたら死に向かうんだって」と言われて面食らう。最近その言葉を知って母は大層驚いたようで、私の腹に向かって「生まれたばかりでも死に向かうなんてねえ」と話かけているが、おかあさんそれは私が厨二病を患っていた時に通り過ぎたやつだよ。
ここまで見ているものが違えば、まあ話は嚙み合わないよな、とある種答え合わせを見た気持ち。むしろ今更どこでそんな言葉覚えたんだ、母よ。
実家から帰ったら、気晴らしにアフタヌーンティーに行こうと思い、情報収集をする。ブルガリホテルのアフタヌーンティー、予約が取れないと言われているが平日なら平気だろう、行ってみたいなと予約サイトを見てみると、平日でも夜の時間など変な時間しか空いていない。
まあホテルアフタヌーンティーは値段も高めで量も多い。おまけに遠出するのもしんどいから諦めよう。じゃあどこに行こうかな……と悩んで、結局予約できないで寝る。
36日前(9月20日・水)
両親とデパートへ。赤子退院時の服などを買ってもらう。
いかにもな純白のセレモニードレスにも惹かれたが、ちょっとしたよそ行きにも使えそうな服にした。それとよそ行きを予備でもう一着。男の子の服は成長とともに怪獣・車・スポーツブランドになってしまうことは既にわかっているので、今のうちに私の趣味前回の服を着せていかねば。耳付きの帽子とかポンポンのついてる靴下とか、ふあふあのもこもことか。
私の子供の頃の産着がとってあるというので、見せてもらう。まず、捨てることにためらいのない母が産着を取ってあったことに驚く。
そして比較的綺麗なものを取っておいただろうにかかわらず、じんわり黄ばんでいるそれらを見て、あ~今日買ったやつもいずれこうなるのか……と諸行無常にふける。
母は常々、私から聞く夫が気難しいことを心配しており、実際夫は確かに癖があるので私としても心配になることもある。
そんな話をしている中、母が「私は先に逝くから心配で」と言うので、一瞬違和感を覚える。何が。ああ、そうだ、と「先に逝ってもらわなきゃ困るよ」と伝えると、そりゃそうだとなり大笑いした。
本当にこの人は、いつまでも私の世話を焼く気でいる。それが今は良いように働いているだけで、うまく回っていない時期も多かったのだから、私は感謝を感じつつも、いつもどこかに警戒心を持ち続ける羽目になるのだ。
買い物から帰ってきて少し休んだあと、私物の片づけの続き。ダンボール箱を4箱片づける。箱はまだまだ残っている……。
日記の編集をしていたら、カウントダウンがずれていた。慌てて頭から数えていったら75日前が2回あったので、すべての記事に修正を入れていく。
35日前(9月21日・木)
今日も実家で目覚める。熱を測ると、少し高いような気がしてドキッとするが、いつも通りだった。体温低そうにみられるし末端冷え性ではあるけれど、平熱は割と高い。
じゅん散歩を見てから、ソファでそのまま二度寝。悪阻で動けなかった時はじゅん散歩だけが心の拠り所だったので、気分悪くなく見られることに時の流れを感じる。普通のテレビ番組はドカ盛りだの名物グルメだのキラキラした芸能人だの過剰な演出だので、悪阻の時はどれも割としんどかった。
その後、名付けについて考える。なぜかいつまでも私の世話を焼こうとする母も候補を作ったと言ってきたので、こちらの候補とかぶったらどうしよう……と心配するが、見てみたら取り越し苦労でほっとする。
万が一かぶってたら、漢字も音も使えなくなるところだった。
夕方、車で送ってもらって夫のいるマンションに帰る。
実家からせしめてきた果物などを入れようと冷蔵庫を開けると、中身が私が家を出た頃と殆ど変わっておらずにビックリする。別にそれについてこちらからは何も言わなかったが、夫が自ら「一人だと家のことちゃんとやろうって気にならなくて」と気まずそうに告白してきたので即許した。
もともと怒ってないけど。その気持ち、とってもよくわかるので……。
34日前(9月22日・金)
定期健診に行く。先週から産休に入ったので、健診日が土曜日から金曜日に変更になった。ここの病院の産科はいつも混んでいるけど、さすがに平日は空いている。
水筒を持っていくのを忘れて、売店でりんごジュースを買う。外で飲み物を買うとき、水とかカフェインゼロのお茶ではなく、ついついジュースばっかり買ってしまう。これが良くないと思うから、普段は水を入れた水筒を持っていくのになあ。忘れると自制が効かない。
妊娠中に食べられない食べ物も多いから、運よく制限が出なかった甘いものに執着するんだろう、というところまではわかっているけど、わかっていたとて自制が効くかと言えばそうでもない。甘いものだって、多く摂らないほうがいいんだけども。
翌日の用事の関係で、夫は近所の実家に泊まるというので、お湯をためて、いつ使おうか考えあぐねていた星の王子さまのバラの香りの入浴剤を入れてのんびる浸かる。
33日前(9月23日・土)
何日か前に夫も言っていたけれど、一人の日は行動が適当になって、結果夜更かししてしまう。戒めに早めにアラームをセットしたが意味はなく、家事をそこそこ片づけた後で二度寝。
実家にいた時もそうだが、昼寝しすぎで夜寝れなくての悪いループに入りつつあることには気づいているのだが、昼寝とはどうしてこうも魅力的なのだろう?
夫の用事が済んだ頃(つまり私が二度寝から覚めた後)、IKEAにダイニングテーブルを買いに行く。以前下見をした時の商品が残っていたので、予定通りそれを買うことに。
IKEAは家具屋と思えないくらい子供が多くて、食堂でも色々なタイプの子供が観測できる。腹の子はどんな子になるんだろうね、と話していると夫は「……紫色の子供じゃなければいいよ」と、私の頼んだハロウィンパンケーキ(ブルーベリーソースがけ)を見ながら呟いた。
買ったテーブルをそのまま引っ越し先に持っていく。夫の用事がその後入っていたので、置くだけで組み立てないでとんぼ返りした。
私だけマンションに送り届けてもらい、夫は再度用事で実家へ行く。
今日もそのまま実家に泊まるのかな? と全力でゴロゴロしていたら、私が晩御飯の準備をしていないとふんだ夫が連絡をくれ、お弁当・義母のお土産であるDiorのリップと共に帰ってきた。そして、食べ終わったら実家にまた戻っていった。やっぱりそっちに泊まるんじゃん。
なんで帰ってきたんだろ。一応体調を心配してくれたのかな? 私はこういう時、未だにそれを素直に厚意(好意?)と受け取ることができないし、「なぜ?」と聞くこともできない。
のどが苦しくて、少し息を深く吐くと吐き戻しそうになる。IKEAでは実はパンケーキの他にも主食にラザニアを食べているので、単に食べすぎなのかもしれない。
32日前(9月24日・日)
お彼岸なので、義実家方のお墓参りに同行する。私、実家の墓参りは随分行ってない気がするけどいいのだろうか。
一応、義実家の墓地は今の住まいから近く、実家の墓地は実家からもそこそこ遠いという事情はあるけれど。義実家のお墓参りも、遠方の方は一度も参ってないしな。
その後、義両親はそのまま所用で出かけるというので、私物を片づけたい夫と、なぜか私までそのまま義実家にお邪魔し、ソファでゴロゴロする。うちには現在ソファがないので嬉しい。
延々とゴロゴロしていたら、昼ごはんにチキンステーキの配給(夫作)があり、ぱくぱく食べた。チキンステーキの皿には、以前突然お邪魔したときに義父が出してくれたのと同じように、レタスとトマトが添えられていた(7/100、初日)。気質はちっとも似ていない親子だけど、やっぱり親子だなあというか、この夫はこの家で育った人なんだなあと改めて実感する。
夫の片づけがあらかた済んだところで、時間はおやつどきを少し過ぎたところ。初夏に近所にオープンしたジェラート屋にまだいけていなかったので、散歩がてらデザートタイムにすることに。
アイスではなくジェラートと呼ぶにふさわしいそれは、チョコレートやヴァニラなどのフレーバーも、フルーツのフレーバーも予想以上に美味しくて、9月の残暑にやさしい。
それから、夫が「前から気になっていた絵本専門店がある」というので行ってみる。そこは日本語の絵本より外国の絵本が多く、文化の違いなのか、英語は読めても一読ではオチがわからないものも存在した。
さらには英語以外の外国語の絵本も沢山あって、ヨーロッパ言語はもちろん、アラビア語なんて読めるわけないのだった。仕掛け絵本も多く取り扱っていて楽しい。
近くをふらふらしていたら、雰囲気の良さそうなコーヒー屋に遭遇したので、入って休憩する。明後日から出張が控える夫はここのところ仕事が忙しく、土日も所用でこまごまと動いていたので「なんか久しぶりにゆっくりした気がする」と蕩けていた。
そんな休日の締めは、なぜかデパートの子ども服&おもちゃ売り場。
おもちゃ売り場では、夫が至って真剣に「大人はどうやって赤子と遊べば良いのですか」と男性店員に聞いていて、なるほど、確かに遊び方なんてパパママ学級でも教えてなかったな……と目からウロコ。遊び方なんて、考えたこともなかったわ。
店員さんは「赤ちゃんはまだ視覚的な認識力が高くないので、音の出るものや、色のはっきりしたおもちゃが好きです。月齢に沿って遊べるおもちゃがいくつかキットになったパッケージもあるので、そういったものを用意しておくと、大人の方も安心かもしれないですね」と言い、夫は合点がいって嬉しそうにしていた。夫はキットを今にも買いそうな雰囲気だったけれど、結構大きかったので持ち帰るのは断念して帰宅した。
子供の名前は、まだ決まらない。
31日前(9月25日・月)
明け方、体調が変な感じがして目が覚めた。熱を測っても異常はなかったし、変な感じはすぐに消えたから良かったけど、もう少しで出産だけどまだ産まれないほうが望ましいという微妙な時期なんだから、油断しないでいかないと。
何せ、現役受験生の頃、本命大学受験日の2日前に窓を開けたままうたた寝をして、風邪を引いた私だ。コロナがない世の中だとしても、風邪の脅威は其処此処に転がっていると身を持って知っている。
今日は臨月に備えたメンテナンスデーにしていたので、美容院からまつげパーマのはしご。
仰向けの体勢を維持するのがそこそこ辛いので、まつパは行かなくてもいいかな〜と迷ったけど、やっぱり行ってよかった。ノーメイクでも、まつげが上がっていると体裁が繕えている気がする。なんの体裁かは知らないが。
夫が出張準備の最終調整をしている。私はひとりが好きだし、いくらでもひとりでいられるのに、ひとりじゃないところから一人がいなくなるのはさみしい。人の感情は不自由だ。
暑い国に出張に行くため「俺の日傘どこやったか知らない?」と言うので、そんなの知らんと思いつつ、思いつく場所をひとつあげたら当たっていた。
長年連れ添った夫婦のようでひとりでニヤニヤする。実際は、会ってから3年経ってないのにね。時々、人と比べては金はおろか、銀婚式まで両者無事では辿り着かないかもなあ、と未来に思いを馳せてしまう。
夫は転職癖(というと、悪いみたいに聞こえるが、そうではないとして)があり、今まで最長で5年未満しか同じ会社に勤めたことがない。どうも、出来ないことや知らないことが少ないという環境に飽き飽きしてしまうらしい。常に難しいこと、ステップアップに繋がることをしていたいようだ。
私はそれを、泳ぎ続けないと死んでしまう魚になぞらえて「きみはマグロか?」といつもからかうんだけど、このピントがずれていそうで真面目な夫、結婚するときも、この人(私)との生活に5年程度で飽きるかどうか、真剣に考えたそうだ。それを聞かされて私は爆笑。
今のところ飽きそうな気配は? と聞くと、一応よくよく考えて踏み切ったし、まあ、今のところ……でもやっぱりバリキャリOLと結婚して、自己研鑽し合う関係だったら、常に刺激的な生活だったんじゃないかなあ、きみは結構抜けてるところがあるし、などと思案顔。いつも言ってるけど、形而下の条件より形而上の欲求を選んだのはあなたですよ。
まあ、同種のバリキャリマグロOLと結婚して、どこまでも高み(果たしてそれが本当に高みなのかは、マグロ属ではない私にはわからない)を目指していくサクセスストーリーも、IFの世界線として見てみたくはある。
夫の荷造りが終わらないが、私は眠くなってしまったので一足先に就寝。
だいぶ遅れて寝室に入ってきた夫が、寝ている私の頭を撫でながら「きみはバリキャリじゃなくたっていいんだ」と言った、ような気がした。
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