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背骨みたいな雲

1月24日(金)

嘘を吐いた。しょうもない嘘。

それは、ネイルサロンでのことだ。
サロン・デュ・ショコラに先んじてチョコネイルを施そうと思い立った私は、以前にもお世話になったことのあるサロンに来ていた。

「私、明後日チョコレート買いに行くんですよ」、そういうと、ネイリストさんは「彼氏さんにも買うんですか?」と聞いてきた。
なるほど。バレンタインって確かにそういうイベントだったな。
サロショとソシャゲのバレンタインのことしか考えてなかったわ。特に、サロショカタログの読み込みが甘くて、回るルートも取れてないし、ああ、でも、今日はソシャゲのイベントも終わったしポケモンもやりたいな。

「まあ、一応?」

何が一応なんだろうか。彼氏どころか、一から百まで自分のためのチョコしか買う予定はない。だからと言って、見栄を張りたかったわけでもない。
久しぶりのネイルサロンで楽しい気持ちになっているところで、「彼氏はいません」と言って、ネイリストさんが「えっすみません」or「そうですか(沈黙)」などと返してくる、そんな会話の流れになったら楽しくないと思ったのだ。

だけど、困ったのはそれから後だった。
何かの拍子に彼氏について聞かれて、「私の彼氏とは…?」と言葉に詰まってしまう。
イケメン劇団員育成ゲームの推しを彼氏だと偽って何か架空のエピソードを話すか? いや、待て、自分の推しを思い出せ。有栖川誉さんは、即興でほっこりエピソードトークを持ち出せるほど地に足が着いた推しじゃない。

私の頭の中で銅鑼が鳴り響く(※推しのキャラクターソングの導入に銅鑼が鳴る)。銅鑼に混じって高笑いが聞こえる(※推しはたまに高笑いをする)。ドラスティックでルナティックなポエムが思い起こされる(※推しはいつでもどこでも唐突にポエムを詠む)。過去カノに壊れたサイボーグと呼ばれた(※それをいつまでも引きずっていて人付き合いに憶病な推しかわいいよ推し!)、大好きな推しの笑顔を脳裏に浮かべる。

…………無理。推しを彼氏に見立てるの、無理。

「でもー、忙しくって月に数回しか会えてなくって! 不倫してる人達より会えてないかもしれないなー」

よし、これで彼氏の話をしたがるタイプでないことは伝わったはずだ。
ありがとう東出昌大。別に月に一、二回マンションで唐田えりかと逢瀬を重ねていたなんていう情報、一度たりとも使う機会は来ないと思っていたが、世の中何が役に立つかわからないものだ。
知識と情報はあればあるほどいい。

それより、それよりだ。私はいつでも夢見がちなまま大人の形をした何かになってしまったと思っていたのだけれど、推しを彼氏にもできない立派なリアリストだった現実が恨めしい。東出昌大というカードを切るのと引き換えに、大事なものを失ってしまった気分だ。

そして問題は、と、完成に近づくネイルを見ながら考える。
私は、このネイリストさんに次どんな顔で会えばいいんだろうか? 嘘を上塗りするには、どんな話を用意しておく必要がある? そもそも、上塗りする必要はあるか? もう訂正のタイミングはないだろうか? 色々考えるけど、答えは見つからない。
やっぱり、嘘を吐くと自分の立ち回りがしんどい。だから嘘は嫌いなんだ。だから私は嘘を吐かないように生きてきたのに。誰かさんと違って。
本当に、今日はしょうもない嘘を吐いた。

▼ これでサロン・デュ・ショコラに参戦します

店を出る。今日はそんなに寒くないと思っていたけれど、夜更けの信号待ちにはさすがに風が沁みる。まるで冬みたいだ。

目線を空に投げると、あばらのような、背骨みたいな細切れの雲が浮かんでいる。夜にこんな雲模様の空を見るのは珍しい気がする。
例えばそれが背骨だとして、反り返るように伸びた肩甲骨の辺りに、明るい星がひとつ。
それは、羽根を得る喜びか、はたして断末魔の叫びなのか。

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