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【イベントレポート】松田文登×板垣崇志さん特別対談

〜岩手の暮らしをちょっと豊かにする、アートと哲学とは〜

2024年12月2日(月)から2025年1月27日(月)まで、岩手県花巻市と盛岡市を会場に開催されている「いわてアール・ブリュット巡回展2024」。

盛岡会場での巡回展のスタートに合わせて、2025年1月13日にオープニングセレモニーが開催され、そのトークイベントに、るんびにい美術館・アートディレクターの板垣崇志さんと、代表の松田文登が登壇。モデレーターは、岩手コミュニティーマネージャーの矢野智美が務めました。

当日のイベントの様子

1.いわてアール・ブリュット巡回展とは

いわてアール・ブリュット巡回展は、2017年から岩手県が主催している取り組み。県内のアール・ブリュット作品を広く周知し、その魅力を発信することにより、障害のある人の創作意欲の醸成を図り、県民の障害のある人の芸術に対する関心を高めることを目的に開催されています。

※岩手県では、行政文書等において、障害の「害」の字をひらがな表記にしていますが、ヘラルボニーでは「障害のある人」と表記します。

今回は、通常の作品展示に加え、岩手のアール・ブリュットの歩みを振り返る年表パネルの展示や、創作活動に積極的に取り組む施設に焦点を当て、創作の背景にある世界を紹介する特別展示も行っています。

イオンモール盛岡のホールにて開催中の展示

巡回展のプロデューサーを務めているのが、板垣さん。板垣さんは、発足当初からいわてアール・ブリュット巡回展に関わり続けてきました。

巡回展プロデューサー、るんびにい美術館・アートディレクターの板垣崇志氏

板垣さん:この事業は、岩手に暮らす知的な障害、精神的な障害がある人たちの作品を通して、一人ひとりが心の中に持っている世界、宇宙を観ていく展示です。「こういう作品があるんだ」と新たな発見のある展覧会だと思います。

その中で、板垣さんは「アール・ブリュット」という言葉をどのように捉えているのか。矢野からの質問に「作者と作品を観ている人の中で起きている出来事こそが、アール・ブリュット」と答える、板垣さん。また、文登は「リスペクトできる世界」だと表現します。

矢野:おふたりは「アール・ブリュット」をどのようなものだと考えていますか?

板垣さん:「アール・ブリュット」はもともと、誰もアートとして気づいていなかった作品を、アートとして気づいてもらうためについた名称。既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品を意味します。模倣ではなく、作者が「この色を見たい」「この形をつくりたい」という純粋な想いを追求した結果なんですね。自分に率直な作者の生き方、あり方までが表現されていて、作品を通して人間がここまで解放されるものなんだと気づくことができる。作品のつくり手と、作品を見た方が作品を通して出会い、そこで起きていることが「アール・ブリュット」という出来事なんだと思います。

岩手県内各地の作家の作品が約20点ほど展示されている

文登:誰かに頼まれているわけではないのに、本人が本気でやり続けたいと思っていることが、作品になる。そこにはリスペクトできる世界が存在しているんですよね。それを圧倒的に肯定していくことが大切だと思うんです。どんなものでも、他人がそれを「意味がない」と受け取ってしまうと、それは「意味がない」ものになってしまいますからね。

ヘラルボニー代表取締役Co-CEO松田文登

いわてアール・ブリュット巡回展の特徴は、会場を公共性の高いショッピングモールなどで開催していること。今年は、盛岡市での巡回展をイオンモール盛岡で開催しています。

矢野:開催会場が、ショッピングモールというのも特徴的ですよね。

板垣さん:本当に関心のある人にしかきていただけないような場所ではなく、興味を持っていない人にも、その作品や作者の存在に接していただくことができる。そこで、広く県民の方々に届けるためにも、たくさんの人が、色々な理由で来る公共性の高い場所で開催しています。

社会課題など、なかなか変わらない問題は、大きな力が原因になっていることがほとんど。その大きな力が、権力である場合もあるんですが、一番多いのは私たち自身の、決めつけや思い込みなんですね。決めつけや思い込みによって、ある人たちが困った立場に置かれてしまっている。その状況をつくっているのは、困っている人たち自身ではないし、その家族でも、それを支えて協力しようとする人たちでもなく、興味・関心を持っていない人たちなんです。だからこそ、その状況を変化させるためには、その人たちにアプローチしないといけないという大前提から、開催場所を選定しています。

オープニングセレモニーが開催された日には、地元メディアや県外からも来場者が駆けつけた。

2.アール・ブリュットのこれから/HERALBONY ISAI PARKについて

ふたりはその後、岩手でのアール・ブリュットのはじまりや、日本全国や世界での動きについて話し、トークテーマは「岩手のアール・ブリュットのこれから」に移ります。

文登:アール・ブリュットは「生の芸術」ともいいますが、岩手が「生の都」として「生きる」をひとつの軸に定められるといいんじゃないかと思っています。アートの価値付けに優劣を置くのではなく、表現を通して「生きる」を感じる、考えるのが当たり前に根付いている状態。それが岩手で実現できているといいなと思っています。

板垣さん:そうですね。やっぱりアートなどの文化はただの娯楽じゃないと思うんですよ。余白を埋める、面白いものではなく、バラバラになりかねない人間同士をつなぐ力だと思うんですね。お互いの違いや異質さを越えて、どうやったらつながれるか。そのつながるための大事な力を、文化が持っている。この事業が使おうとしているのも、まさにその力です。

岩手のアール・ブリュットのこれからについて話す中で、特にふたりが話題にしたのは、今年春に盛岡市の百貨店カワトクにオープン予定の「HERALBONY ISAI PARK」について。ヘラルボニーが初めての旗艦店を岩手でオープンする意味とその想いを語ります。

文登:テーマパークでカチューシャを付けて歩くのが変だと思われないのが、「魔法の国だから」というのと同じように、ISAI PARKでは障害のある人たちも、そうでない人もみんなが共存することが当たり前な状態をつくっていきたいんです。ISAI PARKでの体験を通して、「他人を許容する社会をつくることが、自分自身も許容されることにつながる」と理解する人が増えるきっかけをつくっていきたいと思っています。

「ヘラルボニーが目指す未来を可視化した公園」という意味を込めて「ISAI PARK」という店名に。ショップ・ギャラリー・カフェが併設する空間で、だれもが「ただそこにいていい」空気が流れる場所づくりを目指します。

その話に深く頷きながら、板垣さんはその施設名に込められている想いに強い共感を示します。

板垣さん:まさしく公園なんですよね。いろいろな人たちが様々な理由で行き交って、出会う場所。ISAI CAFEでもなく、ISAI GALLERYでもなく、PARKであることに、大きな意味がある。コーヒーを飲みに来る人もいれば、絵を見に来る人もいる。多目的な人達が行き交える場であることがとてもいいですよね。

これはまちが目指すべきモデルだとも思うんです。ISAI PARKでこれから起こる人の交わりが、そのお店の外に、盛岡市に、岩手県に広がっていくといい。新しい社会づくりにつながっていく、大きな取り組みだと感じています。

トークセッションはイオンモール盛岡のイーハトーブ広場で行われた

最後に

トークイベントの最後に、「アール・ブリュットに触れることが、自分の中にあった『こんなことをやってみたい』『自分はこんなことを考えているんだ』と、自分の願いに気づけたり、自分自身を解放するような体験につながるかもしれません」とも、お話をしてくれた板垣さん。

アート・文化は、人に、社会になにをもたらすのか。その力を強く感じるトークイベントとなりました。


執筆:宮本拓海
撮影:菅原結衣
編集:矢野智美



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