evaded cadence (回避終止)
回避終止とは、期待された正格終止が不成立となるような逸脱のタイプの1つである。ただし、回避終止という訳語は定訳ではない。
ウィリアム・キャプリン(W. Caplin)は、次のように述べている。
偽終止(deceptive cadence)は、日本では一般には1度の和音の代わりに6度の和音に入ることを意味するが、キャプリンはこれに第1転回形のトニックへ入る終止も加えている。
ちなみに、ピストン・デヴォートの和声法も偽終止を6度の和音に限定しおらず、「正格終止に似ているが、最後の主和音の代わりになにか別の和音が用いられる」と広く定義している。
実は古い辞書を調べると偽終止の英語名はdeceptive cadenceだけではなく、avoided cadence, broken cadence, evaded cadence, false cadence, interrupted cadence, irregular cadence, abrupt cadence, surprise cadenceなどの用語が出てくる。次の項目のevaded cadenceはこの記事ではW. キャプリンの用語として説明するが、昔からそういう意味だったわけではないことに注意して頂きたい。音楽理論用語などというものは、昔からそれぞれの理論家がバラバラの用語を使うのが当たり前だったのである。
回避された終止(回避終止 evaded cadence)という用語をキャプリンは次のように説明している。
しかしこれだと何のことかよく分からないだろう。これは、カデンツの最後の和音が来るはずのタイミングで、期待していた和音とは異なる和音によって開始する新しいフレーズが始まる場合を意図している。そういう形を、私は極めてリズム的な現象であると理解するのだが、それを和声のみによって言い表わそうとするとこのような表現となるのだ。
キャプリンが例として挙げているものをいくつかここに示そう。
次の楽譜はモーツァルトのピアノソナタ第2番(K.280)の第1楽章である。この楽譜の第10小節に入るところが回避終止(evaded cadence)の例である。ここに期待される和音は、第13小節の最初のようなFメジャーの和音である。
ところでこの時、第10小節から第13小節までの進行は、第7小節からの進行を「もう1回」繰り返すように見えるので、1992年にジャネット・シュマルフェルト(J. Schmalfeldt)はこうした技法をone more time techniqueと呼んだ。これは一見すると私の論じている「スカート構造」を指しているように思えるが、彼女はリズムに全く注目していないため、3小節+3小節の構造ができているとは感じていない。
次の例もキャプリンが挙げているもので、モーツァルトのK.309のソナタの第3楽章からのものである。回避された終止は第16小節に入る時のもので、この場合は和音はトニックを出しているがメロディーが期待される位置に出ていない。
放棄された終止(放棄終止 abandoned cadence)というのは、正格終止のドミナントが正格終止であるために必要な条件を満たしておらず、真正の性格終止とは言えなくなったもののこと、といえるだろう。これはおそらくキャプリンの造語である。キャプリンが巻末に載せている定義は次の通り。
キャプリンは放棄された終止の例として、例えば根音位置のドミナントが、トニックに進む前に転回形になる場合や、最初からドミナントが転回形で出る場合、さらに属和音が省略される場合などを挙げている。
ただし例外として、属和音が7thをバスに置いて、次にトニックの第1転回形を出す場合には回避終止に分類されるとしている。
キャプリンの挙げている例を次に示す。しかし、バスが5-6-7-1と進むと正格終止と認められないというのは、私は同意しかねる。
カテゴリー:音楽理論
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