フレージングとアーティキュレーションという用語について
フレージング
フレージングという用語の本来の意味は「フレーズに分けること(あるいはフレーズにまとめること)」です。これはフレーズ(phrase)という英語の動詞に〜ingを付けて名詞にしたもの(動名詞)です。
フレーズは元々は名詞ですが、それを動詞化して「〜に分ける」という意味にすることが英語に限らずヨーロッパの言語ではよく見られるようです。ただし英語では語尾を変えずにそのまま動詞にしてしまいます。
フレージングはドイツではフラジールングPhrasierungと言います。これも名詞のフラーゼPhraseを動詞化したフラジーレンphrasierenに〜ungを付けたものです。フランス語では動詞はフラゼphraserで、フレージングに当たる名詞はフラゼphraséです。
またフランス語でリズムはrythmeと書きますが、これを動詞化してrythmerと言えば「リズムに分ける」とか「リズムを付ける」などという意味になります。
同じことが古代ギリシャの音楽理論でも見られ、リュトモスῥυθμόςの動詞化したものはリュトミゾーῥυθμίζωで、「①リズムに乗せる、②順序よく並べる、整える」といった意味になります。
フレーズの語源はフラーシスphrasisで「言い回し、表現」という意味です。
実は今日でも、フレーズと言ったら「英会話基本フレーズ」のような意味で使われることが多いのです。音楽家がフレージングというときのフレーズのような意味の言葉には、18世紀まではリズムという言葉が一般に用いられていました。また、様々な大きさのフレーズを表すために、文章の部分を表現する様々な言葉が流用されましたが、フレーズという言葉が使われることはめったにありませんでした。
19世紀以降でも、音楽フレーズの意味でリズムという言葉を使う人はたくさんいます。
フレージングという言葉が主流になったのは、おそらくドイツのフーゴー・リーマンのせいです。彼は1880年代からドイツ語のフラジールングを多用し大いに広めました。
アーティキュレーション
演奏において音を切ったり繋げたり、強弱を付けたりすることを英語でアーティキュレーションと言います。ただし、切ったり繋げたりすることだけを特にアーティキュレーションと呼ぶ場合もあるようです。
アーティキュレーションはフレージングの手段となりますが、もちろんフレージング以外の目的にも役立つものです。
例えばピアノでスカルラッティのソナタを演奏する際に、ちょっとスタッカート気味に演奏すればチェンバロのような雰囲気を演出することができるでしょう。逆に音をめいいっぱい繋げて、パイプオルガンの響きを真似ることもできます。
楽しいときは跳ねるように、苦しいときはうめくように、演奏することもできます。
英語のアーティキュレイト(articulate)という動詞はやっかいで「何かを明確に表現する」という意味でも用いられます。だから「このフレーズをアーティキュレイトして」という指示が来る可能性があります。
しかし、演奏において音楽をフレーズに分ける方法が、音を切ったり繋げたり、強弱を付けたりすることであるため、フレージングという言葉の意味がやせ細って、単にそのようなアーティキュレーションを付ける意味で用いられる場合があります。
そのため、フレージングとアーティキュレーションの意味をちゃんと区別するべきだ、ということがしばしば言われます。
アーティキュレーションの語源
語源に遡ると面白いことが分かります。
アーティキュレーションの語源はラテン語のアルティクルスarticulus「関節、節」です。これを動詞化したものがアルティクローarticuloで「①部分に分ける、②明瞭に発音する」という意味を持っています。
つまり、アーティキュレーションというのは本来の意味はフレージングだった、ということです。この言葉も実は、フレージングと同じように意味がやせ細って単に音を切ったり繋げたり強弱を付けたりすることの意味になっていたというわけです。
いつの時代でも、フレージングはその本来の目的を忘れて単にアーティキュレーションを付けることと解釈されやすいということなのでしょう。
ちなみにarticulateは、語源をさらにはるか古代に遡るとharmonyと共通なのだそうです。「繋ぐ」とか「合わせる」などという意味を持った言葉で、英語のorderも同じ起源なのだとか。そしてart「技能、芸術」もそこから派生しています。
カテゴリー:音楽理論