フランス語の詩のリズムについての覚え書き



音節数と女性韻

フランスの古典詩の詩行は12音節(アレクサンドラン)が最も重要で最も頻繁に見られるが、10音節、8音節などもある。

16世紀なかばまでは10音節詩行が非常に多く、中世の武勲詩なども多くはこれによるものであった。10音節詩行はver communとも呼ばれた。独語ではGemeine Versという。

アレクサンドランの名は、12世紀のランベール・リ・トールによる、アレクサンダー大王をモティーフにした『アレクサンドル・ロマンス』に由来する。ランベールの後継者であったパリのアレクサンドル(ベルネーのアレクサンドル)が名前の由来だという説もある。16世紀後半にブレイヤード派に愛用され主流となった。

奇数音節の詩行が使われるようになったのは19世紀。ヴェルレーヌは9音節詩行を称賛した。

詩行の最後のe(無音のe)は詩の音節数にカウントしない。複数形の場合は-esとなるが同じ。

ただし無音のeは、朗読や歌の歌詞としては「ウ」や「エ」などと発音されるし、メロディーでは対応する音符が与えられる。

行の途中の無音のeは、次に子音が来れば1音節と数える。次に母音が来る場合は一緒に1音節と数える。歌では同じ音符で一緒に発音される。

発音されない語尾-entは独立した音節としてカウントしない。

無音のeを最後に持つ詩行を女性韻であるという。古典的な作法では、女性韻と男性韻は交互に配される。

通常1音節とみなされる二重母音を2音節として扱うdiérèse (分音 ディエレーズという技法がある。逆に通常2音節となるものを1音節として扱う synérèse (合音 シネレーズ)という技法もある。これらは語源などを根拠とした厳密な規則に基づいて行われた。

ディエレーズの例:「pas·sion」→「pas·si·on」、「dia·mant」→「di·a·mant」

シネレーズの例:「hi·er」→「hier」、「li·on」→「lion」。

ヒアトゥスhiatusとは同一単語内で母音が連続すること(内部ヒアトゥス)と、単語間で母音が連続すること(外部ヒアトゥス)である。中世以降徐々に減少していたが、1565年にロンサールが『フランス詩法』でヒアトゥスを禁じた。


詩行の句切りとアクセント

12音節詩行(アレクサンドラン)は6+6に分かれる。それぞれを半句(hémistiche エミスティシュ)という。半句の間の句切りをセジュールcésureという。句切りと言っても間が空くのではなく、グループの終わりのアクセントのある音節の上で休むかのようにゆったりと発音される。

通常はそれぞれの半句はさらに1〜5音節の部分に分かれる。これは規則として場所が決まっているわけではないので解釈による自由度も高い。そのような句切りをクープcoupeといい、クープによって区切られた部分をムジュールmesureという。無音のeはムジュールの終わりにはなれず、次のムジュールの先頭の要素になる。

Étoi/lent vaguement // leurs prunel/les mystiq(ues) 

ボードレール『悪の華』より「猫ども」

10音節詩行(デカシラビック)はセジュールによって4+6に分かれ、後半の6̂音節がさらにクープによって2つのムジュールに分かれる。

フランス語では単語のグループは文法的な意味のグループであり、グループの終わりの音節にアクセントがある。ただし単語の終わりに無音のeがある場合はその1つ前の音節にアクセントがある。

フランス語のアクセントは長さで表現される傾向が強い。しばしばアクセントが「強い」と説明されることがあるが、これは長いアクセントを持つ部分は「強い」と意識されるためであり、計測してみるとそれほど強くはないようだ。(文献文献p.195文献pdf)

フランス語の詩にはダクティル(dactyl)とかトロシェ(trochée)などの「脚」はない(過去にそのような試みは存在した)。しかし12音節詩を3+3+3+3のリズムグループ(ムジュール)に分ける場合は脚によく似た構造にはなる。


叙事詩的句切れと叙情詩的句切れ

行の途中の無音のeのあとにヴィルギュル(,)がある場合は、それを行末と同じと見て数えないやり方(叙事詩的句切れ césure épique)と、数えるやり方(抒情詩的切れ目 césure lyrique)とがあって、どちらの場合もありうる。(この説明は本来の意味とは若干異なるようだ。ヴィルギュルの有無も関係ない。次の説明を参照せよ。)

(サイト:LE VERS CLASSIQUE) 古典的な12音節詩行においては、第6音節にアクセントが必要。よって第6音節に無音のeを置くことはできなかった。また、第6音節を占める単語が無音のeで終わる場合は、そのeは次に続く母音から始まる音節と一緒に第7音節となる必要があった。ルネサンス時代まで存在した句切り方としては以下の3つがある。第6音節のあとに無音のeが省略され、第7音節が子音から始まるものを叙事詩的句切り(césure épique)といい、無音のeが省略されずに第6音節に単独で位置するものを抒情詩的句切り(césure lyrique)という。また第7音節に無音のeが残って句切りとなる場合をイタリア風句切りあるいはcésure enjambanteという。日本語の定訳はないが「またぎ句切り」とでも訳すことができる。これらの古典的ではない句切りは19世紀にランボーやヴェルレーヌによって復活した。

(文献pdf) 杉山はcésure lyriqueを、10音節詩行において4音節目が無音のeで終わる句切れを指して用いている。また杉山は叙事詩的句切りについて『これは、当時、句切りの切れ目が、詩句末のそれと同等に取り扱われるほど強かったということ』と述べている。


アンジャンブマン(句またぎ)とルジェ(送り)、コントル・ルジェ(逆送り)

1つの詩行で意味が完結するとは限らず、ある詩行の文章が次の詩行の途中まで続いたり、詩行の後半が次の詩行と一緒の文章をなしたり、あるいは複数の詩行で1つの文章をなしたりすることがある。このようなものをアンジャンブマン(enjambement 句またぎ)という。

また、1〜2語次の行にはみ出すものをルジェ(rejet 送り)といい、逆に行の終わりの1〜2語から次の文章が始まるようなものをコントル・ルジェ(contre-rejet 逆送り)という。単にはみ出しているのではなく、強調の意図がある。


脚韻(rime)

中世までは母音が一致するだけでよしとされたが、通常は最後の母音の後に続く子音まで一致させる必要がある。最後の母音だけのものを「貧しい脚韻」、最後の母音とその前後どちらかの1つの子音によるものを「十分な脚韻」、3つ以上の音素が一致するものを「豊かな脚韻」という。

最後の音節の母音が無音のeであれば女性韻。それ以外の母音なら男性韻。




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