心療内科の先生と話した
吃音とか鬱とか、俺の中では今一般社会で働けるような「普通」とはかけ離れた状態にいる。人と接するのがとにかく怖いし、生きてるだけで苦しいし、仕事をすること以前に、楽しいとか嬉しいとかプラスの感情がどこかに消えてしまった。
でもその一方で、今まで「普通」の世界で仕事をしたり家庭を築いたりできるようになるため、頑張ってきた自分もいる。というか、その自分しかいない。吃音に苦しみ続けた大学の時も、障害者手帳は取らなかったし、鬱を患った3年目の冬も薬を飲みながら普通を装って仕事をした。俺は普通を装えば普通に見られる。普通は難しいと言いながら普通に憧れて、常に普通でいたかった。
でももはや今の時代、はなから普通でいる方が難しいのかもしれない。皆どこか病みながら仕事をして病みながら遊んでいるように見える。そんな中社会で普通でいるために、お酒なのか異性なのか運動なのか、色んな方法で発散しているだけなのかもしれない。皆が普通で皆が異常。
今日、心療内科の先生が、鬱などを患った人向けの就労支援サービスがあることを教えてくれた。そこでは自分が何か精神疾患を患ったことを前提に、プログラミングやカメラ技術など、次の仕事につながる専門知識が勉強できるらしい。
今の俺は、この鬱や吃音といった苦しみをどう普通の社会の中で溶け込ますかにずっと悩んでいる。「吃音だから話したくない」は違う、「吃音だけど頑張ります」は今はもう自信がない、「吃音があるので理解だけしておいてください」は傲慢すぎる気がする、「鬱が再発するかもしれません」はじゃあ完治してから来いとなりそう、そんなことを色々考えていると、もう俺は社会にいれないのではないかと思ってしまう。吃音を抱えながら上手く社会でやってく器用さも、吃音に気付かないふりをしてやっていく鈍感さも、捨て身で傷つきながら進む力も今はもう何もない。
そんな中で自分の状態を知った上で社会に復帰できる場所があるなら、もうプライドとか今までやってきたことなんか関係なく、そこに飛び込んでやってみるのも良いかもしれない。点と点がいつか繋がる、今はその点を打つ時だと先生は言ってくれた。
まだまだ人生捨てなくて良い。
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