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【小説】『一個人Mix Law』8/8
要するにこの回のこのセリフをお届けしたかった。
「現実を見なさい」と言われましても、
私にはこれこそが現実に思えていますので。
未読の方はまずこちらから↓
(8回中8回目:約2000文字)
8 抹消
背中から、扉がノックされる音がして、開けるとシュテファンがすぐ前の廊下に立っていた。
『ロウ』
紅茶を淹れてくれたみたいで、ポットと二人分のカップを、お盆に乗せて抱えている。
『泣いていたの?』
「え」
言われて触った僕の頬は、確かに濡れていて、
「あれ。本当だ。なんでかな」
考えても理由が思い出せなくて僕は、ちょっと笑った。
『ロウ』
だけど、ごまかし切れる量の涙じゃなかったみたいで、シュテファンがティッシュの箱を差し出してくれる。
「ありがとう」
って受け取ってベッドに腰掛けて、涙を拭いている間、紅茶をカップに注いでくれるシュテファンの背中に向かってしゃべりかけた。
「大丈夫。心配しないで本当に理由が、分からないんだ。だけど、きっと大した事じゃなかったと思う。その、命に別状まであるほどの事じゃ」
『私は、貴方が好き』
「うん。僕もだよシュテファン。家族だしね」
振り返ってシュテファンが見せてきた顔は、随分と、顔色の方の意味で白々しくて、厳しく叱りつけたいような大声で泣き出したいような、その両方をこらえているような感じで、
せっかく淹れてくれた紅茶はサイドテーブルに残したまま、ベッドの僕の隣に腰掛けて、僕を抱き締める、と言うより抱いた頭をシュテファンの胸に下ろしてくれる。
ふわふわのワンピース、のリボン辺りってこんなにふわふわしていたんだっけ。すっごくやわらかい、と言うより弾力まである気がしているけど。
「ねぇ朗。全体の中で個人は無力、みたいに思えるけど」
気持ちが良くて聞き流しそうになったけどこれは、僕が普段使っている言語だ。だけど、
「本当は、逆。全体の方が、個人に対して無力なの」
『ねぇロウ。私達はきっと、愛し合えるよ』
自動翻訳された言葉も同時にデバイスからは届いてくる。
「どんな国に生まれ落ちたって、どれだけ歪められてしまったって、貴方一人分の身体は今、ここにあって、貴方の一人分は確かに、周りを変えている」
『だって私達は今日、愛し合っていたんだから。なんで、なんで消えちゃったのか私には、分からないけど、貴方は確かにいるんだから身体まで消えてはいないんだから』
内容が、合っているような気もするし、ちょっと離れているような気もする。
「悪魔、じゃないんだよね君は」
「シュテファンの声に答えてあげて」
『分からない……。だけど』
「私は人の目に映らない。シュテファンが、ターゲットにした相手だけ」
『貴方の気持ちを消してしまったのがソイツだとしたら、私にとっては悪魔よ! そんな奴……』
「シュテファン!」
僕には珍しく大声を出してしまったのは、何も、腹を立てたとかじゃなくて、シュテファンの口から飛び出す負の感情に満ちた言葉は、どうも洒落にならない感じがあったからだ。
びっくりして見開いているとび色の目を、見詰めながらなるべく穏やかな調子で言い聞かせる。
「消えてしまった、わけじゃないんだ」
悪魔が本当には、悪魔じゃなくて、助けたい許したいと思っている存在だとしたら、もしかすると、本質的にターゲットを決めて始末しているのは、シュテファン自身。
「さっきまでと全く同じ強さじゃ、ないかもしれないけれど、愛している。それじゃ、ダメかな。シュテファン」
『あ……』
ってシュテファンは、見ている間に顔を真っ赤にして、
『うん……。私は、いいよ。それで』
って逸らした顔の言い訳をしたいみたいに、サイドテーブルのカップを二つ取って来た。僕に渡してシュテファンも、また隣に座って飲み始める。
『その……』
「何?」
『私は、分かってる、から。貴方が、その……、出来ないって、事は』
「したかったの?」
『そういう事じゃなくて! だから……、えっと私は……、気にしてもらわなくてもその、大丈夫。うん。全然平気』
「全然平気な人はそんな事、わざわざ口にしないって」
また真っ赤になって震えたカップから、紅茶がこぼれそうだったから、取り上げてサイドテーブルに、僕の方のカップも並べて置いて、シュテファンにはキスをあげた。
「いつかね。きっと。君はまだ子供だから」
「私のせいにしないでくれる?」
「君のせいじゃないよ。僕のためだ。君とは出来るだけ長く、家族でいたいから」
本当の悪魔はどっちか、なんて僕にはどうだって良い話だけれど、もしかすると僕が国民最後のターゲットになるか、僕の頭がはじけ散るその瞬間に、
僕の国も終わるんだって気がすごくした。
了
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