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【小説】『言葉のように軽い』

 藤に花水木が咲く季節にこそ、
 相応しいように思われたので急遽移設公開。

(約860文字)


言葉のように軽い


「桜の花よりはどちらかと言えば梅が好きなのです」
 とその人が言ったので、
「桜の花よりはどちらかと言えば藤が好きなのです」
 と私は答えました。
「桜の花はどうも」
「ええ」
「万人に愛されて」
「軽薄に感じられますか」
「いえ。気の毒で」
 そう言われてしまえば私も、頷く以外にありません。
「桜の、罪ではありません」
「ええ。ええ、分かります」
 春の日和の中でその人は、私の目にいつまでも美しい。
「同じ桜でも吉野の桜は、一度この目で見てみたいと思っています」
 隣の足音が少し乱れた。
「まだ、叶ってはいませんか」
「はい」
「随分と、訪ね易くなったとは聞いていますが」
「私が見たいのは夜の桜ですので」
「吉野の夜の桜並木は、人の魂を連れさらうと」
「ええ、ですから」
 足を止めて見上げたその人は、私の目の色に臆したようだった。
「私は、その様が見たいのです」
 私の隣で足音が止まる。
「あなたは、変わってしまいましたか」
「見た目と、経験だけで言えば。中身はそれほど、変われていません」
 視線が私から、先の方へ移ると、
「もう、行かなくてはならないのです」
 と言ってきたので私は
「ええ」
 と笑顔で答えました。
「皆が、待っておりますので」
「ええ。ええ、分かっています」
 その人を笑顔で見送った、先に立つのは、盛大に祀り上げられた一本の、古い桜の木で、愚かしくも、独り身を通した老婆一人などに、気を向ける人はおりません。
 桜の花などは、少しも好きではないのです。
 『同期の桜』などとは随分と、人を馬鹿にした言葉に思いませんか?
 今一度、申し上げます。飾り立てるばかりで随分と、人の命を軽んじた、中身の無い、それでいながら誰一人、この苛立ちを口にしない出来ない、積年の臆病が、詰まった言葉のようには感じられませんか?
 ただ一つのみを拝む事はもう、やめにしませんか?
 梅も椿も藤も、木蓮も躑躅も秋桜も、向日葵も花水木も紫陽花も、クロッカスもダリアもチューリップも、全てを桜と同様に、尊く感じてはもらえませんか?
 愛は大地に根を張るもので、花の如きは、言葉のように軽い。

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偏光
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