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あのときAIが描いた世界は「Hum-Freeの思想」が行きついた先の風景だったの?新しい概念の言葉の誕生です。

このnoteを読み終えたとき思わず「落合さん凄い!」と声を上げてしまった。

いや、ずっと凄いのですけど、今の私の気持ちはこの概念の言葉を生み出してくれたことへの感謝かな。

これからの人類が、AIの進化とともに常に考え続けなければいけない「問い」を立てるためには絶対に必要な概念の言葉。

考え続けなければ、人間はいなくなる・・・?


定義

定義を考えてみよう.AIと話していて出てきたのはHum-Freeという単語だ.Humがhumanでもあり,ハム(ブンブンノイズ)でもある.ハム音のような感じがFreeにしたくて良い.

ハムフリー【hum-free】
(名・形動)

[語源]
英語 "Human Mess-Free" の略。「人間の煩雑さを排除した」の意。

[定義]
人間の関与によって生じる煩わしさ・不確実性・倫理的リスクを、テクノロジーで軽減・排除しつつ、人間らしい交流や創造性の本質は保持する状態。完全な無人化ではなく、「不要な摩擦」を省くことで、効率性と人間性の両立を目指す概念。主に以下を含む:倫理的負荷の軽減(差別・ハラスメントのリスク低減)
心理的ストレスの解放(共感疲労・過剰な気遣いからの脱却)
身体的な痕跡の最小化(手垢・汗・声の震えの排除)
人間と機械の最適分担(ミスを起こしやすい工程は自動化、本質的価値は人間が担う)


[用例]
・「ハムフリーな回転寿司は注文をタブレット化しても、職人が握る技は残している」
・「医療のハムフリー化で問診AIが事務作業を代行し、医師は診察に集中できる」
・「コンビニの無人レジはハムフリーの象徴だが、店員の『いらっしゃいませ』は残すべきだ」

[注意]
利便性と引き換えに、偶発的な温かみの喪失多様性の画一化を招くリスクがある。「人間を排除する思考自体が人間的である」という逆説も指摘される。理想形は「不必要な手間は機械に、本質的な喜びは人間に」というバランスにある。

人手を介さないこと,Hum-Free(ハムフリー)について考える.
落合陽一



落合さんのデジタルネイチャーについての発信を1年以上AI相手に読み解きながら、なんとなく想像しているのだけど、うまく表現出来ないでいる「マタギドライヴ的」ではない「もう一つの未来」。

計算機とAIが進化した先の「計算機自然」を「新しい神羅万象」と捉えて、その恵みを頂きながら人間らしさ(それが何なのかがこれから問われる?)を残して生きていくというイメージが私の「デジタルネイチャー」と「マタギドライヴ」。

でも計算機の進化の先には、もう一つ別の未来も想像してしまう。
このハムフリー【hum-free】の行きつく先が、私が上手く表現できないまま感じていた世界?

上に引用した「『断絶された絶対的価値』とは。」のnoteで、私はAIと会話をした後に、次のようなプロンプトを入力した。

[プロンプト]
この「計算機自然」となる未来の世界を、「波紡歌人」として彷徨っている私。私が見るそんな自然は、どんものなのだろう。700文字程度で、その世界を描写してみて。

こんなプロンプトから生成された都会の風景の描写を読んだとき、最初に浮かんだイメージは「無音」。

そう、風景は広がっているのに、全く音がしない世界を想像した。

計算機進化の先の「デジタルネイチャー」を考えるとき、「マタギドライヴ」的な生き方と、もう一つ全く違う世界のイメージが「人の気配を感じない世界」。


あのときAIが生成した世界を「無音」と感じたように、このnoteを読み終えたとき、「そうなるかもな」と思った。

でも、このハムフリー【hum-free】という概念は、「本質的な人間らしさを保持する思想」。

1. ハムフリーの概念と背景

ハムフリー(hum-free)とは、「人間の関与によって生じる煩わしさ・不確実性・倫理的リスクをテクノロジーで軽減しつつ、本質的な人間らしさを保持する」思想である。

核心:完全な無人化ではなく、「不要な摩擦」を排除し、効率性と人間性を両立させる。
背景:デジタル化・自動化が進む社会において、人間関係のストレス(共感疲労、差別リスク、身体的な痕跡)への嫌悪感が高まった結果、生まれた概念。

人手を介さないこと,Hum-Free(ハムフリー)について考える.
落合陽一


でもでも、

「Hum-Free思想の本質的危険性と未解決のパラドックス」

ユートピアでもディストピアでもない世界は「無音」?

記事の有料部分が興味深い。

私たちはAIとともに、ずっと考え続けなければならないのでしょう。