「きけん」
この夏は小学生ぶりにシュノーケリングをやった。
小学生以来なので、ほぼ初挑戦だ。
海に入る前に泳げるのかと問われて、クロールや平泳ぎならできますと答えたが、あとになってそんなものは全く役に立たないということがわかった。
プールとは違い、なんの障害もない場所でA地点からB地点まで最短距離で移動するのではなく、右に左に、前に後ろに、上に下に、波に揺られ続ければ、自分がどちらの方向から泳いで来たのかもわからなくなる。
シュノーケルの中に水が入ればむせるし、フィンは水の抵抗が大きくて、進んでは戻ってしまう。
そんな風に懐中電灯の明かりだけを頼りに、夜の海で右往左往していたら、急に足がつってしまってパニックになり、やっとの思いで海面を待ってシュノーケルを外して久しぶりの呼吸をした。その時に見えた満点の星空は自分がまるでポカンとひとり宇宙空間に浮かんでいるかのようで、とても綺麗だった。
水から上がってもまだ世界はゆらゆらと揺れていて、 懐中電灯と月あかりだけを頼りにおぼつかない足取りで収獲を抱えながら歩けば、真っ暗な岩場で何度も転びそうになった。
ただ、このように危険を感じながら何かをするのは初めてではない。
初めて、山の急斜面を両手に苗木を持って歩いて降りていく時も、
こんなところはケンタウロスのような奴でなきゃまともに歩けないと思ったが、周りの高齢者が慣れた風に降りていく様子見て、真似をしながら、どうにかその日の作業を終えた。
それでも、後日両足の親指の爪が紫色に変色していき、ついには剥けてしまったが、それも今となってはいい思い出でだ。
今でも山の斜面での作業に危険を感じることはあるし、転んでしまうこともある。
危険を回避することは重要で無茶は良くないが、全く危険を知らずに生きてしまえば、危険に対する感度や対処能力が育たない。
人に「そんなことをして怪我をしたらどうするの?」と問われてしまえば、うまく言い返せないが、危険だと思うことや怖いと思うものもしっかりと知っておく必要もあるように思う。
「君子は危うきに近寄らず」という言葉もあるが、危うきについてを知っておくことは重要なことのように思う。