「マリーナ前の海の香り」
ほとんど毎日ワインを飲んでいます。年に300本はくだらないでしょう。もちろん安ワインです。ちょっと油断すると空き瓶がたまって、ゴミ出しがタイヘンです。おっと、どうでもいいことだ。
ソムリエという仕事があります。ワインについての専門知識を持って客の銘柄選びの手助けをする人です。このソムリエには、ワインの知識だけではなく、香りや味を文学的に表現する能力も求められるらしい。例えば。
「よく湿らせた乾燥イチジクの香りの軽いアタックの直後に訪れる、森の下草にすこしの間なじませてからローストしたなめし皮の、ウェルダンのステーキにも似た香りが、ティーガー戦車級の重みをもって口腔いっぱいに広がり、齢八十を数える淑女が六十五年前を懐かしむときのような若々しいボディが云々…」
そんなこと、言ったことがないので上のはでたらめ、まったく言語化の作法にも則っていないはずですが、まあ、こんな塩梅のやつです。あ、アタックというのは最初の第一印象のことだそうです。さっき調べたにわか仕込みです。
で、次にワインを飲むとき、以下のような表現をしてみせて、女性をくどいてみるというのはいかがでしょう。
「雨が降った直後の夢の島マリーナ前の海を大きなヨットが引き波を立てて行き過ぎたときに感じる、激しいアタックと同時に訪れる有機物の発酵した複雑な、うっかりしていると気の遠くなってしまうような素敵な味わいのワインなんだよ」
おいしいワインに、マリーナや海、ヨットといった言葉をちりばめて、これでその女性はもうあなたの虜です。
なお、夢の島マリーナの運河を隔てた真向かいには、東京都で2番目に古い、つまり雨水合流式の砂町水再生センターがあり、大雨が降った後は浄化処理が間に合わず、しばしばそのまま放出していることをお知らせしておきます。