「ごよん」

 警戒船の仕事は、夢の島マリーナそばの水門工事の現場では、航路が狭くなっているため、出入りを一方通行にして、片側が青信号なら反対側を赤信号にして、交通管制しています。

 そのため、警戒船は、信号員が赤信号青信号の切り替えの判断に資するため、信号員の死角となっている方向の様子を無線で連絡します。

 「下流側(死角の方向です)から、プレジャーボート、距離1キロです」

 こんな具合です。船種を言うのは、スピードの目安のためです。ほかに、作業船とか、台船の曳舟とか、ヨットとかいろいろです。


 あるとき、警戒船の船長がこんな無線を入れました。

 「下流側、プレジャーボート、距離はえぇと。…ごよん」



 なんだよ、「ごよん」って。

 聴いていた相方の物好きの警戒船が、その無線の音声を録音しました。できるんです、そういう機能があって。そして、ほかの仲間にアイドル時間に聞かせるんです。

 「S君、ごよん、だって。ほら」

 みんな大笑い。「ごよん、てなんだよ」「ごよん、ごよん」大ウケで、みんながネタにしました。

 それだけだったら、ただの楽屋落ちなので、ここには載せませんが、ここには普遍的な日本語の話題があるように思います。


 

 S君は、なぜ、「ごよん」と言ったか。


 それはたぶん、「ごひゃく」と発話しようとして、(いや、待てよ。けっこう速いぞ。500じゃないな。それじゃ遠すぎる)と一瞬で考えて、「よんひゃく」と言おうとして、尻切れになったのでしょう。そのことは警戒船仲間もよく分かっていて、それでネタにしているのですが、私がここで取り上げたのは、日本語には数字の言い方の制限があることに気づいたからです。

 「2、300」(にさんびゃく)とか、「4、500」(しごひゃく)という言い方はよくあります。数字の小さい方からの言い方ですね。でも、S君の場合は接近船ですから、カウントダウンで「5、400」(ごよんひゃく)という、大きい方からの言い方になりますが、それは一般的ではありません。

 それで、途中で言い淀んで、「ごよん」になったのでしょう。



 「ごよん」かわいい響きです。

 三枚におろして1週間ぐらい堪能させていただきました。

 


 

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