「ワードい」
先日、別のところに書いた原稿で、1981年にヒットしたトム・トム・クラブの「おしゃべり魔女」にちょいと触れたんですが、後になって思いついたことがあったので、こちらで紹介させていただきます。
こんな記述でした。
原題は「Wordy Rappinghood」です。rappinghoodは作詞したティナ・ウェイマスらの造語で、接尾辞「--hood」は、たとえば、childhood(幼年時代)とかbrotherhood/sisterhood(きょうだいの縁、きょうだい分)、parenthood(親であること、親の立場)など、the state of being something(何々であること、状態、そういう性質)を表すので、あまりいい出来ではないと自覚しつつ、rappinghoodを「ラップ活動」と訳してみたのです。
だけど、ここで取り上げたいのは、そっちではなくて、wordyのほうなんですが、その前に序論というか、脱線を。
日本語教育では、学校文法で言う「形容詞」を「イ形容詞」と称し、「形容動詞」は「ナ形容詞」としています。「高い」「低い」「軽い」「重い」「美しい」「汚い」など、「--い」で終わるからイ形容詞。対して、ナ形容詞はだいたい「名詞+な」というのが基本です。「きれい(綺麗)な」「愚かな」「すみやかな」などですが、「--な」を取れるかどうかは慣用的に決まっていると考えたほうがいいでしょう。以前、『問題な日本語』(北原保雄編)という本がヒットしました。そのタイトルにある「問題」という名詞はふつう「--な」が接続しません。「--な」で接続できない名詞は、「--の」を使います。
しかし、日本語の母語話者は「--な」が何かを形容するときに使われることを知っています。だから、カジュアルの/な場面では、あえて破調で「問題な」とすることもアリなんでしょう。そして、「問題のナニナニ」と「問題なナニナニ」では、ちょっとしたニュアンスの違いも嗅ぎ取ることができるでしょう。
同様に、日本語母語話者なら、「--い」も形容するときに使われることを知っています。だから、破調では「キモい」「エモい」などが誕生してきています。考えてみれば、「赤い」「青い」「白い」の語幹は名詞ですから、イ形容詞ではなくナ形容詞であったとしてもおかしくはありませんでした。でも「赤な」「青な」「白な」は、「問題な」と同じぐらいの違和感がありますね。一方、「黄色い」「茶色い」を「黄色な」「茶色な」としても、それほど違和感がありません。ワープロでも一発変換できました。しかし、「紫色」となると、どうでしょう。「紫色い」「紫色な」ともヘンですね。「紫色の」がまっとうです。
ところで、上述の「きれいな」ですが、語幹が「きれい」と「--い」で終わっていることと、終止形で用いるときでも「あの人きれい」などと「--だ」を抜いて話すことも定着していることから、昨今では「きれ--い」というイ形容詞に化けてしまいました。連用形は「きれくて」「きれかった」「きれくない」というほうが、少なくとも日常のカジュアルな会話では老若男女を問わず主流になっているように思います。私は使いませんけど。
似たような現象に、動詞の「違う」があります。動詞は連用形で名詞になります。「違い」です。日本語教育では連用形を「マス形」と教えています。その「違い」がやっぱりイで終わるもんだから、これまたイ形容詞に化けてしまいました。終止形は「違い」です。連用形は「違かった」「違くて」「違くない」です。そういう使い方のほうが、少なくとも日常…(以下同文)。
さて、おしゃべり魔女に戻ります。先に述べましたように、hoodの翻訳に気を取られていて、wordyは通り一遍に「饒舌な」と翻訳しました。
それはそれで間違いではないでしょう。ま、邦題の「おしゃべり」に引っ張られて、思考停止だったんです。
しかし、歌詞をよく見返すと、「これは違くね」、おっと「これは違うんではないか」と思うようになりました。
以下のリンクから歌詞を見てみてください。
どうでしょう。数え間違いでなければ、50回も「words」という単語が出てきます。いわば「wordsずくめ」「wordsだらけ」「wordsまみれ」です。
だから、wordyの本来の「言葉数の多い」の意味ではなくて、「wordsという単語(そのもの)が多い」と言いたくて、ティナ・ウェイマスは「wordy」という形容詞を選んだんだと思うようになりました。
wordy、これ、英語のイ形容詞ですね。y形容詞か。tasty,rainy,oily,windy,girly…。
というわけで、wordyの翻訳を改めます。見出しにある通り、「ワードい」とします。意味はもちろん「ワードがいっぱい」です。造語には造語でお返しするというのが礼儀でしょう。したがって、「wordy rappinghood」は「ワードいラップ活動」となります。まったく意味不明ですね(笑)
蛇足。
ところで、英語のイ形容詞ならぬy形容詞ですが、slippyは和製英語です。これも名詞にyを接辞させれば形容詞になるという頭があっての造語でしょう。「乙女チック」なんていう造語もあります。英語に翻訳するとgirlyです。わはは。こういうのを異分析とか過剰な一般化と言います。この点についても、いずれ、また。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?