呼吸が深くなる場所ってイイよね~超福祉施設「深川えんみち」見学ルポ~
(1)建物の数奇な運命
今から面白い福祉施設の見学の感想を書きますが、まず施設の建物自体が、数奇な運命を辿りました。
常に地域の歴史と共にあり、ある時は人生のほぼ始まりを迎え入れ(幼稚園)、その後に人生から送り出す施設(斎場)となったそうです。
老朽化し、人も寄り付きにくい建物を大規模改造し、放課後デイサービス、高齢者向けデイサービス、特養、棚自体を貸し出す図書館、保育園(園自体は別の場所)が一定の日時に運営する地域の親子に開かれた場等……人生のほぼ全課程を網羅した福祉施設ができました。それが「深川えんみち」です。
「中年の特に独身層が、本棚を起点に交流を深めていくのは興味深かった。地域が仕事を終えて、家に寝に帰るだけの場になりやすい層でしょうから」(えんみちの運営者押切さん)
本棚は外から中が丸見えの「えんみち」の中でも、特に目立つ位置にあり、立ち読みをしている人がいるだけで、外からも目立つ気がします。
(2)あらゆる人と物事に五感で出会う仕掛け
また上の階の学童や子育て広場に行くには、基本廊下を通ることになり、子供たちと一階でくつろぐ人たち(特に高齢者)が顔を合わせ、挨拶することになります。
このあらゆる人や物を「ごちゃまぜ」に交流させていく仕掛けはあらゆるところにあります。
・人通りが絶えない通りに面した、何なら通りの人を呼び込むくらいの設計。
・見学で一瞬「えんみち」の外に出た際、遠くに見えたお坊さんの列。
・屋上から見渡せる昔ながらの街並み、昭和風の宿、お寺、遠くの高速道路やビル、そして聞こえるバイクや町の様々な音……
施設内に閉じていかずに、そこにいる人たちの五感とともに地域へ、世界へ開かれていく空間がそこにはありました。
更には
・(無人島で火おこしするための練習としてもあるらしく、古い寺院の資材も使われ作られた)迫力があるが、どこかかわいらしいかまど。
・一階の交流スペースのテーブルに設けられた回転式で表れる水場(料理体験の機会を提供しやすくするためだそう)。
・屋上の端に並ぶ綿花など様々な植物(綿花からクリスマス飾りを作る)
等、五感を使い実感として他者と何かをしていくチャンスに溢れていました。
無理無く五感を解放できる施設では気持ちも積極的になれるというもので、風呂場は温泉施設のようなお洒落さと手すりや段差の工夫など「補助するところ」「自分でできるところ」両方に寄り添う設計と感じました。
また、風呂場の近くには壁が深く繰りぬかれたスペースがあり、ソファに腰掛けると、洞窟でくつろいでいるかのようで、呼吸が深くなるのを実感できました。
(3)設計と運営に貫かれる自由の哲学
色々と見学できた後は質問コーナーということで、押切さんと長谷川さん(設計サイド)の言葉の中にも、色々なヒントがありました。
印象的だったのは、できるだけ「女子だから」「男子だから」というようなジェンダーバイアスになりかねない声掛けを(特に子供たちに)しないようにしていること。(オールジェンダートイレも設置されているそう)
施設運営にあたっては、行政が要求する過度の画一性(例えば「調理実習は一つの工程しか認めない」という規定。一つの工程だけでは何の料理ができるというのか)との「闘い」だったこと。
そして「深川えんみち」建設にあたっては日本財団のプロジェクトに応募したが、当時はまだ現在ほど審査も厳しくなく、支援も手厚かったという「運の良さ」について率直に語られていたこと。
他にも様々に質問が出て、朗らかにズバズバ答える押切さんと穏やかかつロジカルに答える長谷川さんのコンビがなかなか良かった訳です。
(4)筆者の考察~「やらない自由」も考えたい~
全体を通して思ったのが「非常にたくさんの要素が絶妙に作用しあって、えんみちという場所はあるんだなあ」ということでした。
それらがどのような要素なのか掘り下げると①企画力②行動力③「ごちゃまぜ」実現のための程よい突き詰め力④(深川に来た)土地勘⑤(リソースに恵まれた等の)強運といったところでしょうか。
①~⑤までのどれが欠けても多分えんみちはできておらず、それぞれ相互作用しながら形作られていったと思います。
逆に言うと、どれかの要素が欠けそうになった時に、とにかく無理な努力をしようとして、埋め合わせ切れずにバーンアウトしてしまう。
えんみちの人たちというよりも、えんみちを見て「何か協力したい!」「自分たちも何か始めてみたい!」と思った私達は、バーンアウトリスクは考えてもいいのかもしれません。(えんみちの人達は「勝手に力抜きつつやるから心配いらないよ!」という感じな気もするので……)
あくまで一つの傾向性の話ですが、日本の福祉施設は当事者(子供たちや高齢者、障害者など)の安心安全に加え、各種行事や娯楽機会の提供などあらゆる方面にとにかく気を遣い続ける場が多いのではないでしょうか。(比較例として、カナダなど諸外国はほとんど行事が無い保育園も多いといいます)
どうしても福祉は安心安全へ真剣にならざるを得ない機会が他業種より多いでしょうし、当事者の人生における重要な時期や繊細な側面に関わる以上、多面的な気遣いが一定以上のレベルで必要なのは確かでしょう。
一方、当事者のニーズが本当は何なのか、本当に必要な安心安全とは何をどれくらいなのか、といったことを考える余裕が無いまま、一見説得力がありそうな理屈やイメージで「あれもこれも真剣に受け止めてやらなきゃ」となり、燃え尽きてしまったりすることもあるのではないでしょうか。
これは福祉施設だけの問題では無く、娯楽などの消費や広告が大都市を中心に極限まで肥大化した一方、どこかズレた安心安全を考え過ぎて、多くの人が不安を抱えやすくなっている現代の日本社会の反映な気もします。
前述の「調理実習は一つの工程しか認めない」という一見奇異な行政の話についても、「あれもこれも考えなくちゃいけない」という行政が置かれた立場から出た「ならもうほとんどのことを駄目と決めちゃえ!」という悲鳴にも似た解決策だったのかもしれません。
という訳で今回の見学から学んだ一番大切なことは「やらないことを決めるのも重要」ということでした……(若干話が飛びすぎ?)
そういえば押切さんが「皆が集まれる場所としては温泉が凄く良い気がする!!」と言われてたので、広い公園の横や雑木林の中に、大き目のかまどと窯を用意して、「温水プールもどき」を作るのはいかがでしょうか。ひとまず他のことは一切やらずに……
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