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感情の記録

何かのために生きることを条件に
命があるわけではないのに僕はなぜか時々
「なんのために生きてるか分からない」
という思考に堕ちる。

まさに今、そんな感じです。

このただの憂鬱を有意義な思考だと
自らを誑かして今、文字を並べてます。

これは『データ』であり『日記』であり『研究』です。

決して弱音でも泣き言でもないです。


うんうん(白目ヨダレ鼻水涙)




「ほんとうに毎日がつらい。」

子供の頃からなりたかったお笑い芸人になるため
9年前に大阪に出てきました。

幼少期からセンスがあり面白くカリスマ性があり
独創的で優秀な脳が頭蓋骨に満タン入っている
僕は誰よりも優れているという確信がありました。

そんな僕は俗に言う天才という存在で
「絶対に芸人として売れる」という確信があり
その気持ちは今も変わりません。

しかしもう9年は売れていません。
テレビにも出てないしラジオでも喋ってないし
劇場にも立ってないし営業も回ってない。

養成所時代に先生に言われた
「劇場メンバー以下は芸人ではない」
という言葉は毎日僕の夢を黒く染めます。

芸人になりたくて生きてきたのに
芸人じゃない人生を生きてるなんて
なんのために生きてるか分からない
そんな気持ちで毎日ご飯たべてます。

僕は性格なのか脳の作りなのか化学反応なのか
考えること、疑問を持つこと、意味を問うこと
を止めることができません。

この9年間、ご飯を食べても酒を飲んでも
映画を観ても海で泳いでも眠っていても
「芸人じゃないのになんで生きてるんだろう?
ご飯を美味しいと思っても酒に酔っても
楽しくなっても汗をかいても意味ないのに
なんでこんなことをしているんだろう?」
と口に出したら空気を壊してしまうことを
常々に考えてしまい時にはそれを
口に出して本当に壊した空気もあります。

みんな昨晩みたテレビの感想を
なぜか僕に話してきます。

「〇〇はおもしろい」

「〇〇は上手い」

「〇〇は天才だ」

「〇〇売れるだろうな」

「昨日テレビに〇〇出てたよ」

「あの人〇〇っていうブランドとコラボしたよ」

「学生時代から〇〇は面白かったもん」

「〇〇が本を出したらしい」

「〇〇がテレビで紹介してた商品を買った」

「〇〇の動画がTikTokでバズってたよ」

「ニュースで〇〇が出てた」


僕になんとコメントしてほしいんだろう。

なんとコメントすれば満足なんだろう。

ただ楽しく感想を伝えてくる人達に僕は
うろたえる事なく適当な返答ができない。

僕が大好きだったテレビもお笑いも
僕にとってはもうトラウマのようなものであり
純粋に他人とメディアの楽しみを共有できない。

毎日毎日自分がモブに感じて仕方ない。

こんなに信じている自分が脇役であることを
無自覚に押し付けられる。

「僕だって売れたいしテレビにも出たいし
グッズも出したいしブランドとコラボしたいし
本を出したいしほんとに天才なんだもん!」

なんてそんな場所で言えるわけもない。

自分が自分であることが情けなく思う。

あー

本当にこんなはずじゃなかった。

僕が今年中に死ぬことになっても
何千年の寿命が与えられようとも
死ぬまでお笑い芸人を辞めないし
死ぬまで面白くなる努力を惜しまない。

もう戻れない。

はやく売れたい。

1月からやっと活動再開です。

できるだけ憂鬱にならずに真っ直ぐ目標の方に
鼻先を向けて脚を高く上げて走りたいです。

誰も信じてなくても
僕が天才だという事実は変わらない。



これは弱音とか泣き言じゃなくて記録です。

我ながらいい記録でした。
なんか少しスッキリしました。

その〇〇や〇〇と仲良く仕事をする日を
楽しみにして待ちます待たずに努力します。

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