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第77夜 野良亀再会

 おお〜、まだ元気でいたのか! いつぶりだろう、少なくともコロナの間は私が冬眠してたようなもんだからチャンスも減っていたけどなぁ。その大きな体は変わらずだな。そしてその太い首も。何より道路を我が物顔で歩む姿は鎌倉一の存在感だわ。
 ところでもう少し急いだらどうだ? 2歩、というより8歩というのか、動くたびに首を伸ばしてあたりを伺うの繰り返し。ここは山の方から車やらバイクやら、さらに坂の勢いのまま行けるところまで行こうとする自転車やらがどんどん来るから気をつけなよ。その昔は上の方に住む文豪もそうやって自転車で駆け下りてたって読んだことあるな。帰りは登りで苦労する分、往きくらいは楽をしたいんだな。
 それにしても、お前はこれまで何年生きているんだ? そしてこの先いつまでそうして辺りを伺い続けることができるんだ? 万年の間、首を伸ばして伺い続けたら、きっと景色は大違いだろうな。先月派手に伐採されたあのランドマークだった大木も所詮数十年くらいなもんだろが、あんなに高いところから鎌倉を見渡してても見守っていた奴に切られちまうんだからやってられねえだろうな。だからお前さんもせいぜい踏まれないようにして長生きしてくれよな。
 そこからは見えないかもしれないが、あっちの方の街じゃあ外国からの人がわんさか歩いているんだ。東京から近い古都だから日中歩き回っても、夜には東京に戻っちまう。だからこうして静かな朝が保たれているんだろうな。お前なんかが彼らに見つかっちまったら、ワオ!って躊躇なく持ち上げられて記念撮影され続けるのがオチだな。なにしろ彼らは異国の珍しいものを探して回っている観光客なんだから。
 ところで街にはお前みたいな人間が沢山いるんだ。リュックを背負ってるんだけど、お前みたいに体の一部じゃないから背中から異常に出っ張ってて邪魔なんだ。そのでっぱりを忘れてるもんだから急に体の向きを変えると危ないったらありゃしない。混んだ電車でも人間亀はもう一人分くらいの場所を背側で占拠するんだ。乗車賃二人分払えって言いたいよ。
 おお、そっちに行けば轢かれることもなさそうだ気をつけてな。せいぜい残る千年万年をゆっくり暮らしてくれ。まあそれまで地球があればの話だがな。

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