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第88夜 金木犀の相合傘

 このこんもりした木立の元に佇めば行き交う町内の皆さんに会える。「いい香りですね」皆少しだけ木下に立ち止まりこの会話をして駅へ急ぐ。鼻を近づけなくとも辺り一体に芳香を振る舞うのは、この金木犀の他にも羽衣ジャスミンなどあるが蔓性なのでこうして相合傘のようなコミュニケーションにはならないのだ。東勝寺橋公園の金木犀はしっかりとした大木に育っており、雨の日にはちょっとした宿り場所になり、強烈な日差しの夏には木陰を作る。
「あと数日すればこの木の下は散った小さな花でオレンジ色の絨毯のようになるでしょ、黒いアスファルトがいっ時だけ色づくのも楽しみ」
「そうですね、黒漆の蒔絵みたいですよね」
「あら、それは言い得て妙ね」
「私はいつもそれを見て銘を付けるんです。 銘『橙霞』なんてね」
「素敵ねえ」
この葛西が谷4班長の岩倉さんとお互いに犬のリードを持ちながら立ち話す。
「綺麗な落ち花はいいんだけど、平気でゴミを捨てていく人がいるでしょ。夜に公園でものを食べてゴミ箱がないからって足元に置いていくとあっという間にカラスが袋を破って散らかすの」
「夏なんか腹切りやぐらの肝試しや滑川の夕涼みがてら来るんでしょう、ゴミが増えますね。私も早朝こいつの散歩で散乱しているのを見かけたら集積場のトングで集めてますが、一旦こいつを家に入れてから戻ってやるので結構手間なんです」
「あらそお。ありがとうございます」
「いえいえ、見かけた人がやればいいんですから」
「そおねえ、なるたけそうして街を綺麗に保ちたいものね。ほらあの辺に少しだけ花が散っててタバコの吸い殻も混じっていて、銘『玉石混淆』って感じじゃない?」
「お見事です! では後で拾っておきます。それでは」
相合傘の下はその枝ぶりの範囲内へと居るものの距離を詰める。岩倉さんに自治会長の岸本さんが話しかけている。私などよりずっと前からこの地に暮らすお二人は、きっとこの金木犀がまだ傘の高さまで育ってない頃から見てきたんだろう。今鎌倉は街全体がこの芳香に包まれている。さしずめ金木犀アロマタウンだ。









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