戸田先輩はこんな人(だと思う)
【あわせて読みたい:これは短編「愛を犯す人々⑤理玖」の付録です。読むと二度美味しくなる裏設定を、全部載せでお届け。まあ理玖以外にもいるよね、なにかと強い人です、常在菌と戸田先輩の共生関係、花野さん総受け、戸田先輩の好きなもの。他】
A4用紙1枚を1000万で売る女。バリバリやってた頃の先輩は、実はそんな評価を受けていました。相談すれば必ず解決できる。問題があれば必ず原因が突き止められる。一緒にいれば、なんだかんだ落としがちな当たり前のことがちゃんとできて、それだけで大変な収益が出るのに、その上にアイデアが実現して、しかも当たる。仕事スタイルはそんな人。色白でうるふわ、たっぷりした裸身に優しい声音、実は37なのに30前後にしか見えないその奇跡の容姿、とは裏腹に、仙人に匹敵する人生哲学を秘め、普通の人が5回生まれ変わったくらいの知識を持ち、時に冷酷なほど合理的で、欲しいものは必ず手に入れる、それが戸田先輩ですね。理玖は手に入んなかったじゃん。
戸:人様の物なんやから、お借りするくらいでええんよ。手に入れたら入れたで、置き場に困るものもあるでしょう。って、それは強がりやね? こういうのは相手あってのことやからねぇ。だからこそ面白いし、難しいのよねぇ。
強がりと言いつつ、真ん中にわかりやすく本音が挟まれていました。
戸田先輩にとって男「性」とはすなわち男性器。基本的に、世に言う男性は「人」です。勃起感のある男性でいい男だと「男性」(=流鏑馬における的)、興味の持てない男だと「使いようによっては便利な人」です。理玖のほうをお読みになったかたにはご存知のことですね、理玖は性的には結構、強い。戸田先輩はやったやっぱ当ったりー、と思ったのですが、残念ながらやりこむ前につわりでダウン。前線からは撤退を余儀なくされました。
今回、なぜ戸田先輩が野放しになっているかというと、旦那さんが子ども2人を連れて3泊4日で実家に帰ってるからですね。理玖は2日目。1日目は以前プロジェクトで知り合った音響技師さんで、3日目は、大学3年から続いてて年1回ペースで会ってる、お友達で、編集者兼作家さんですね。体力すごいか、みんな大事にしてくれるタイプかじゃないと、こりゃあ、もたないなぁ。先輩は前者ですねちなみに。心も体も立ち直り、すごく早いです。強いなあ。
さて、戸田先輩の旦那さんの孝之さんは3つ年上、高所得者層向け言語聴覚士。アメリカで資格を取った人で、鍼灸・柔整、心理療法士、作業療法士の資格も持ってます。先輩とはやはりプロジェクト関係。まだ駆け出しだった先輩の、10件目くらいのクライアント先で働いていたのが今の旦那さんになります。先輩にしては珍しく、このクライアントは失敗事例。事後処理やベンダー訴訟なんかもあり、5年以上にわたる長いお付き合いになりました。その間に先輩と意気投合、というよりは、孝之さんが先輩にぞっこん惚れてしまい、流れ流れて今に至ります。政策、株価、国際情勢、社会問題、伝統芸能、絵画、外国文学、詩歌、歴史、宗教、ガジェット、経営工学、未来学、哲学、宇宙物理学…などなど、先輩は孝之さんとは先輩にとっての「日常」会話は楽しめませんが、心理学に通じ、催眠療法ができ、床上手で、先輩がどんなにサイコパス入ってても受け止めてくれる誠実な彼に、いつのまにか先輩がどハマりしてしまいました。まあ幸い両親も若くて近くに住んでるし、誰かに種をもらって2人くらいは子ども残したいなぁ(子どもを作るのに「最適な時」などないんです。先輩にはたぶん「最適な人」も)と思っていた時分、孝之さんとの交尾中に、先輩はふと思いました。あれ?この人と、子ども欲しいかもしれない。はい。結婚しました。計算どおりに、できました。一姫二太郎、いまちょうど3歳1歳ですね。下の子が卒乳したので、孝之は長野在住の両親に子どもを見せに行くことに。どうして一人で二人連れてくかというと、先輩の試験勉強のために、ちょっと、集中できる時間を作ってあげることにしたから、でした。
理玖の計り知れないところで展開している先輩の生活はこんな感じです。会社では先輩は会社人間で、全く家庭を持ち出しませんでしたし、式は海外で内々に挙げた都合もあり、クライアント先の男性との結婚を知っているのは金澤さんくらい。しかも金澤さんは昭和堅気で口が堅いんですね。人の陰口は叩かないのは当然ながら、噂話はおろか実のところの話さえしませんので、ために、理玖は先輩の私生活について全く情報を持っていません。先輩も色々とぼかしがちなんだよなぁ。肌がくすんでいたのは、睡眠時間を削って弁理士と税理士の勉強をしているうえ、昨日の音響技師がハードファッカーだったからなんです。全然歩みを緩めてませんから、残念ながら理玖はまだまだ修行が足りなかったようですね。理玖が「胸が苦しい」なんて、いじいじ言ってる間に先輩は、残念、あの子はもうないなぁ、と仕切り直し、せっせと明日会うお友達に、お店のサイト見たよありがとうのメールしてます。もちろん、先輩は本当に好きだったけどね、理玖の大きな…まあ下賎な話はやめておきましょう。ちなみに先輩の「胸の痛み」は、「やれない感じがあってめんどくさいなぁと思った」ゆえの「時間の無駄」感への胸の痛みです。理玖は先輩のなかでは、「状況的にやれるなら、やるタイプの人」の箱に入ってたのね。理玖も理玖で薄々感じてはいたみたいですけどね。カラッとしすぎだと思いますが、そんなもんなんですか?
戸:うち、色んな人に会ってないと、常在菌のバランス崩れちゃうんよ。恋愛っていうより、体調管理の一環。
菌ですか。そうですか。それは仕方ないですね。仕方ないのかな。ところでご自身の恋愛について…?
戸:それがねえ。人の恋路についてはなんとなく、知識もあって、わかるんけどね、自分のはどうも、わかんないのよねぇ。恋愛って、やりたいって気持ちじゃ、ないんでしょ? だったらうち、たぶん恋愛したことないんよねえ。一応ね、旦那さんは特別な感じするけど、やれなかったらもう、特別じゃないんじゃないかなぁ。それでいて今まで、体だけの人っていなくてね。お金じゃ買えないの、不安は不安よ。
はあ。カラッとしすぎです。きっとこの辺りで、理玖と気が合ったんだね。
さてさて、お話を聞いている間、お子さんをお預かりしておきました。花野さんにちょっとその辺の公園に散歩に行き、2人と遊んでもらってたのです。花野さん、ベビーシッターお疲れさまです。入って大丈夫ですよ〜。
花:ただいま、帰りました。めちゃ可愛いんですよ。なにこの生き物。
娘:はなちゃんもかわいいよ♡
息:はーう、あぅ♡(chuuu♡)
花:♡
戸:花野さんありがとう、ずいぶん、なついてるね。ええ子にしてました?
花:あ、はい…う、うぉぉ、ま、眩しいお人ですね。
戸:そんなん、はなちゃんもかわええよ♡(chuuu♡)
花:?!…♡?!
娘:はなちゃんずるいよ、みとちゃんも。
戸:美都も紗和も、もちろんかわええやんか。ほらおいで、ぎゅぅぅぅ♡な?はなちゃんバイバイな?ありがとは?
花:旦那さん…きっと、カッコいい人なんでしょうね…。
戸:(微笑)まあねぇ、ええ男よ。惚れてます。じゃあ花野さん、ありがとね。
娘:ありがと…(さみしそう)
息:(必死にバイバイ)
花:はい!また、またいつか遊びに来てくださいね。
戸:そやねえ、いつかはね。じゃ。
…花野さん? 花野さん、もう背中さえ見えませんが、どうしました?
花:いいえ、なにが足りないのかなって…。
うーん、それはあれですね、いつももっと欲しいのであって、足りないんじゃないんですよね。ここが面倒なところで。簡単に言うとあの人がセックスマシンで恋愛プレデターだから、仕方ないのではないでしょうか。
花:でも、子ども二人もいて、あんな普通に、幸せそうに、旦那さんに惚れてます、って…。
そうですねえ。それは事実ですね。ただ、子どもがいる事情と、惚れてる理由がね…。
花:そうですか…。
そうですねえ。
戸田先輩の好きなもの。凄く悦いセックスを想像しながら走るトレッドミルでのランニング、中に、休憩を兼ねてソラで復習する税法とそのコンセプトの関連付け、国際会計基準との比較。毎日5冊のビジネス書をフォトリーディングすること。毎年、ゴンクール賞およびブッカー賞受賞作を早速購入し原典で読むこと。仕事。仕事で結果を出すこと。毎朝4時起きして1日30分ずつ進めている執筆活動。もちろん、美都と紗和。美都とクッキーを作ること。お姫様ごっこの時に美都が、「おかーさんも、おひめさまよ」と言って髪を梳いてくれる手つきの優しさ。紗和を寝転がったお腹の上に乗っけてあやすこと。二人のぷにぷにの頰を片方ずつ自分の両頬にくっつけて、みんなでくすくすすること。素敵な子どもとの素敵な毎日をありがとうの意味で、2ヶ月に1回くらい、子どもたちを実家に預けて一日がかりで孝之にしてもらう、全身鍼治療後のエロ催眠セックス。若冲、魁夷、マティス、フェルメール、ラファエロ前派、文楽、フジロック、ジャム作り、カップケーキ作り、懐石、トルコ料理、ラヴェル、サティ、ハワイ、スペイン、各種図鑑、国立科学博物館、ポピュラーサイエンス、「学」と名のつく話題すべて。産後は行けてないけどスカッシュ、スノボ、水泳、バレーボール。知り合いの劇団の稽古場に差し入れをするとき。色んなショパンを弾きまくること。最近はUVレジンの小物作り。その他なんでも、興味のあるものや、いま触れていたいと思うもの。現在3日に1回の頻度で励んでる三人目の子作りセックス中に、「受精」という言葉を使うこと。そのセックス中に孝之が「愛してるよ」「愛してる」「ほんと大事」「大切」「愛おしい」「君の幸せが俺の幸せ」「奇跡」「会えてよかった」「ずっと守るよ」「君が俺の全て」「好き好き好き…」「大好きだよ」って、浴びせるように囁きかけてくる時に感じる、なんだかこそばゆい、不思議な感じ。
以上です。
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理玖は、ここにいます: