美津紀はこんな人(だと思う)
【あわせて読みたい:これは短編「愛を犯す人々④美津紀」の付録です。読むと二度美味しくなる裏設定を、全部載せでお届け。え、やっぱり例の会社?!美津紀は結構な美人です、祐介さんは美津紀には「つまらないおじさん」です、美津紀と遼の恋、美津紀にはちょっと辛い秘密があります、美津紀の好きなもの。他】
美津紀は29歳8ヶ月。旦那さんの遼さんは31歳くらいかな。(祐介さんの年齢が気になりますよね。祐介さんは35くらいにしか見えない!と聞いてニヤニヤ、43歳です。元気だなぁ)。
勘のよいかたは次第にお気づきになってるかもしれませんが、美津紀はフェン、蒼唯、陽菜子のいる例の?会社のPG部の人です。フェンとはプロジェクトでちょっとだけ一緒になったようですが、美津紀はフリーター経由で、遼との真剣交際を機にプログラム勉強して入社、という、ややありがちな出遅れルートを辿っているため、なんとなく劣等感が。あとフェン、美人だからね。大人美人の年齢に対する蔑みと、大人の色気に対する憧れで、美津紀の胸中はモヤモヤしていたようです。まあまあの美人で、年上の男性には特にちやほやされて育って来た美津紀にとって、フェンという美しすぎてデキすぎる女性上司は、ちょっと厳しかったかもしれませんね。フェン、優しいほうなんだけど、甘くはないですからねぇ。
祐介との出会いは、この会社経由。SE部が席を確保してた近所の勉強会があったのですが、出席予定のSEに仕事が入ったため、若手の美津紀は勉強も兼ねて代打で出席。そのパネリストにも急な仕事が入ったため、の代打パネリストが、祐介でした。フレームワークと聞いても.NETかJavaしか思いつかない美津紀ですが、この日はUXとかSEOとかのちん、ぷん、かん!な勉強会。なにそれたぶん食べれないよね?です。食べれる話としては、会食がワンコイン+実費で付いてました。隣の席の人♂に誘われてなんとなく参加、わいわい食べて名刺交換、翌週には美津紀を誘った隣の席の人♂および祐介から連絡が。美津紀は中吊りで見かける美人ちゃんよりはほんの少し年がいってて、ややキラキラが足りない、くらいの結構な美人なんですね。どちらかというと童顔だから、27歳当時にも、学生に間違われることあったほど。だから、うーん、またかぁ。と思ったんですが、意外や意外、おじさまとの恋愛ってしたことがなく、ちょうど、男が切れてました。遼との同棲が始まったタイミングで、前の人とうまくいかなくなっちゃったんだよね。隣の席の人♂と祐介は同時進行でしたが、結果、祐介が経験と財力でもって大差をつけて競り落としました。これが脂ぎった中年おやじだったら違ったかもしれない、でも祐介はさっぱりかっこよくて、仕事で成功してお金を手に入れてて、そのうえセックスがすごくいい。そうなんです、祐介さんは聞いたことがない人はいないだろうアパレルコングロマリットの、事業評価関係を主戦場とするかなり偉い人。パネリストの代打だったのは、ベンチャー(高額売却済です)時代の仲間のたってのお願いでの交代だったんです。美津紀、偶然の巡り合わせとはいえ、すごいの引きました。はい。祐介は、若かりし頃の名残を楽しんでいる場に、若かりし頃なら自分には振り向かなかったろう、学生みたいに可愛い若い子を見つけて、人嫌いだったせいでついに経験することのなかった、「素敵な大学の先輩」気分を楽しみたくなったのでした。
その後の展開は本篇にある通り、同じ夜の連続です。経験がないわけでもない美津紀ですが、そんな男の子たちとのチョメチョメの記憶が無に帰するほど祐介が上手なため、美津紀は大混乱。好きじゃないのに好きなんですね。祐介の自分の話は、お金か、仕事か、くだらない型にはまったどうでもいい趣味の話で、感性を大切にしたい美津紀には死ぬほどつまんないし、よく見てると実年齢通りの、嫌味で・若づくりな・少年気取りの・したたかなおじさんがそこにいます。恋なんかしてないはずなのに、なのに、なんの文句もつけようがないほど気持ちよくて、美味しくて、優しくて、軽い。結局、また会いたくなっちゃって、しかも会いたいなと思う頃に、あちらから楽しげなメール。本篇でもお分かりのように、何回かに一回はなにかしら大技が出てきて、これでは心が体に引きずられちゃう。
困ります。
というのは、美津紀には、正式の法的なパートナーである遼とは、ちょっとした性的なすれ違いがあるからなんですが…どこから話せばいいんでしょうね。
はい。さること5年前、なんとなく行ってみた街コンで、やはりなんとなく来てみてた遼に出会った美津紀。こういうの多いんじゃないんです。むしろ祐介の時に、遼との偶然の、決定的な出会いを思い出して、なんとなく心が緩んでしまったんです。そう、美津紀は遼とはかなりまともに恋をしていますので、ご安心を。遼は遼でまたこれ、なんともいえないくらい、いい人なんですよ。美津紀は多分、結構な美人なだけじゃなくて、なんかこう、近くに置いときたい、猫っぽいところがあって、そういうのをこよなく愛する人種に、こよなく愛でられるのでしょうね。
遼は大手デベロッパー商品企画部の、一級建築士。開発先に行くことあるから、宿泊出張があるんですね。なるほど。背も志も目標も顔面偏差値も高く、視力は低いんでメガネの日があったりしますが普段はコンタクト、字が綺麗で、器用で、なにかを作ったり綺麗に仕上げたりするのが、大好き。泣きぼくろがあって二重で、笑うと可愛い感じになる人です。まだフリーターだった結構な美人・美津紀を街コンでひと目見た遼は、この子を育てたいと思い、この子の子どもを育てたいと思ったのでした。結構な美人の美津紀は、実は結構な大学の文化構想学部卒で、ただ、やりたいことを見失って編集のバイトを「本が好きだから」を口実にずるずる続けていました。雑用なんですね、どこまで行っても、やっぱりバイトはバイト。上は、見えません。上に行く気もないし。そんな美津紀に遼はせっせと就職支援。同棲中の無職1年間を遼に支えられて、がっつり言語を勉強した結構な大学卒の美津紀は、人手の足りないプログラマ業界に結構な即戦力として優遇されました。そして毎日同じ会社に同じ時間に行くことに美津紀が慣れてきた最近、二人はようやく、落ち着いた気持ちで籍を入れたのでした。
遼は、家事も掃除も料理もさりげなく自分からするタイプ。美津紀は自分でゴミ出しをするのは月に3回もありませんし、週末のお布団は美津紀が何もしなくても、いつもお日さまでふかふか。美津紀がお家で、ゴロゴロしてても多分、それで美津紀が幸せそうなら、遼は幸せでしょうね。そういう人なんですよね。美津紀を見つめる遼の、慈しみに浸されたまなざしは、とても美しいです。
え、幸せそうですね、って。ねぇ。
花野さん、花野さん、ちょっと、美津紀にヒアリングしてみてもらえますか。あ、初めての方、番外編で一回、お休みだった私の心のアシスタントの花野さんですね。久しぶりな気がします。おかえりなさい。
花:ただいま帰りました。お休みをいただいたので温泉に行っている間に、番外編が出たりして、こちらが盛り上がってました。アシスタントの、花野です。
美:はじめまして。
花:はじめまして。早速ですが、遼さんのなにが気にくわないんですか?
美:いえ、気にくわないことなんて、何もないです。
花:何が足りないです?
美:いえ、足りないことも、ありません。
花:むぅ。これは、あれですか不粋なことをあられもなく訊きますが、夜の事情とか夫婦生活とかですか?
美:…。
花:はあ。深刻ですね。
美:いえ、その…そうですね。ここだけの話、なんですよね、私が話さないと、あなたがお困りですよね。…私ね、…生殖のためにセックスしてるんだなって思うと、ちょっと、辛くて…なんて言えばいいです? 本質的には、そういう目的でする行為だとは、理解してるつもりなんですが。私、誤解してたんです。あんまり気にしないで、愛し合ってるうちに、勝手にできてて、それでできたよって言ったら、抱きしめてもらって、大好きだよって言われるのを、想像してたんですよね、勝手に。でも、…。
花:わゎ、どうか泣かないで。ハンカチどうぞ。ハンカチ、どうぞ。
美:でも。…は、排卵日調べて、無理やり気分出して、もちろん、できなくはないんですけど、好きなんだから、けど、天井眺めながら、こんな、こ、こんな、はずじゃ、なかったのになって。でもそれなりに気持ちはよくて、でももう、そんな、だって、愛しくて自然にしてるわけじゃないから、気持ちは全然盛り上がってないのに、か、体だけふわふわして、私、かなし、かなしく、て…。それで、生理前になると、来るかも、来ないかも、って、来なかったらどうすればいいのか、ピンとこなくて、でもそんな細かいこと、遼くんに言ってもきっと、きっと…私、ひとりぼっちで。ひとりぼっちで、…赤ちゃん作りたいからセックスするんだって思って、辛いんです、自分で、したくてしてるんですけど、辛いんです…。
花:美津紀さん、…。すみません私、…私、抱きしめます、美津紀さんのこと、ね、辛かったね…。頑張ったんだね…。
美:…。……。取り乱して、しまって…ごめんなさい…。
花:ううん、謝んないよ。辛いよ。泣いていいの。いいんだよ。
うわあああああぁぁ!
って、叫んで、カーテン閉めていいですかこれ。美津紀、すごいの抱えてたんですね。
美:違っ。ちがいます。遼くんは悪くないし、私だって納得してるんです。でも気持ちが追いつかなくて、それで私が辛いんです。遼くんはね、私のこと、すごく愛おしそうに抱きしめて、ああ美津紀、俺、やっと…って、すごく幸せそうで。だから辛いの私だけで、私はそんな風に…私だけそんな風に、自分が辛いのが、辛いんです…。
祐介さんに話して、ヨシヨシしてもらえばいいじゃないですか。というわけでも、ないんですよねぇ…。祐介の前では美津紀、思いっきり背伸びしてますもんね、いっつも、一番可愛く見えるように、一生懸命、メイクして服選んで、気に入ってもらえるかなって、ドキドキしながら会って、ね。ここだけの話、祐介は美津紀のそういうの、ちゃんと気付いてて、とても愛らしくて、堪らない、と思ってますよ。うん。
こういう時、どんなに支えてあげたくても、やっぱり、他人は他人、踏み込んじゃダメで、ただ、見守ることしかできないんだって、歯痒い気持ちに、なりますね…。
あるんですよね、人生には。ちょっとしたすれ違いなんだけど、もう絶対に交わらないところ。どうしようもなくて、それはわかってるんだけど、誰も悪くないんだけど、ただただ悲しいこと。
ふう。美津紀がちょっと、すっきりするといいんだけど。花野さん、美津紀が泣き止んだら、そのハーブティ、あげてくださいね。お茶によく合う美味しいクッキーと一緒に、サイドテーブルにこっそり出しておきました。ね。泣き止むまでずっと、抱きしめてあげててください。美津紀が遼くんを大事に思う気持ちを、花野さんが今は、大事に、抱きしめてあげて。
美津紀の好きなもの。焼肉、ジビエ、サーロイン、リブ、ヒレ、とんかつ、ハンバーグ。フレンチのコース料理と、お勝手で、のお寿司屋さん。美味しくて二日酔いしない、高い貴腐ワイン。何を着ても似合って服選びに迷ってしまう自分の容姿。バッティングセンターに遼と行って、打てないときに照れる遼を見ること。遼の得意料理の、しょうが焼き。を、遼が得意そうに出してくれるとき。できるかな、って組んでみたプログラムが、案外きれいに動いてくれて、後から自分のヒラメキに気づいて、天才!って思うとき。インデントが最初から最後までちゃんと合ってるソースコード。趣味で始めたRubyの勉強が結構楽しいこと。おはようございます、とお疲れ様でした、だけしか言わずに、パソコンだけに向かってガツガツ仕事できる日が作れる、いまの職場環境。金曜日の夜、お気に入りの下着とお気に入りのパジャマを着て、お気に入りのクラフトビールを飲みながらお気に入りのソファで遼と夜更かしして観る、古いヨーロッパ映画。の記憶が、だんだん増えていくこと。遼と初めてキスした夕方の日比谷公園の風景を思い出すとき。朝、遼に頼まれて、遼の着てるスーツの背中にコロコロをしてあげるとき。キャラメリゼ。会社で使ってる可愛いペンケース。幸せと聞いて思い浮かぶものすべてと、そんな幸せのさなかを泳ぐように通り抜ける自分の、満ち足りた、毎日の、生活。
以上です。
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祐介は、ここにいます: