本当に嫌いだった場合の表現1
例えば、付き合ったカップルがいるとしよう。
そのカップルは喧嘩をして別れる事が決まったとする。
Aのカップルの場合とBのカップルの説明は僕のなりの考えであり、偏見だ。
不快に感じさせてしまったら、ごめんね。
〇Aのカップル
Aのカップルは別れる事が確定した。Aのカップルの女性をA子として、Aのカップルの男性をA男と呼ばせてもらう。
A子は怒りながらも、ちゃんと家の掃除をして家を出ていこうとする。
A男は「お茶でも飲んでいけよ」と言い、誘う。
A子は頷く。
これはAのカップルの場合だ。
これはまだ情があるんだろうね、と僕は思うよ。
義理で家の掃除をしてもさ、本当に嫌いならお茶なんて飲まない。
本当に嫌悪感を抱く相手とは同じ空間にいるのもいやだから、掃除をしてもさっさと消える。
掃除はしても一緒にお茶を飲まないのは、家の掃除の必要性を感じたが、もう相手に未練がない場合だ。
一つ言いたいのは僕の考えがすべての状況に当てはまらないよ。
でも本当に嫌いなら、僕は相手と会話もしたくないし、ましてや食事とかはしたくない。
それが嫌いな相手に未練がない場合だ。
その場合は相手の情報に触れる事すらしない。
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〇Bのカップルの場合
Bのカップルは別れる事が確定した。Bのカップルの女性をB子として、Bのカップルの男性をB男と呼ばせてもらう。
B子は別れる事にしたので、すぐに鞄一個に必要な荷物を入れて、必要なお金を置いて、すぐに部屋を飛び出す。
その後は他の荷物は、B子の友人が荷物を取りに来て、大きなものは宅配の業者が持って行った。
その後、B子は一度もB男の前に姿を合わさなかったが、お金はもちろんB子が負担した。
この二つのカップルの違いはなんだろうか?
B子は家を片付けないのが、最低だと思う人がいるかもしれない。
だが、B子は必要なお金は自分で払い、B男の前から消えた。
非常識ならば、お金すら相手に負担を強いるさ。
B子は常識人だったと思うよ。
別れるほど、本当にB子はB男が嫌いになったんだ。
同じ空間に居たくないくらいにさ。
人はね、本当に相手が嫌いになると、相手の情報や存在を見たくないくらいに嫌になるんだ。
文句を相手に言うのは、まぁ八つ当たりだと思うよ。
怒りのはけ口としているだけさ。
良い悪いの話ではないのは知って欲しい。
嫌いという言葉が好きの反対だと思うかもしれない。
だが、本当に相手を嫌ったら、無関心になるんだ。
心底どうでもいいと思うし、心底関わりたくないと思う。
離れる事になって、離れる間際に誘われても、本当に嫌いなら絶対に関わらない。
相手に腹を立てたり、気にしたりしている時点で愛か未練があるのさ。
一つ、誤解しないで欲しいんだけど。僕の意見は極論であり、当てはまらない場合もある。
これは僕の思う考えさ。
本当に嫌いなら、相手を見なければいいと僕は本気で思うよ。
だってさ、腹が立つだけだ。
相手に絶命や怒りや悲しみを向けて意味がないから、僕は離れるのさ。
その人に関わるより、僕は未来の自分が成長するようにしたい。
だから、本気で腹が立ったなら、放っておきなよ。
相手を気にしなくていいさ。そんな人もいたなでいいのさ。
文句を言ってもトラブルが大きくなるから、もう何も言わずに離れよう。
相手にしがみついても、自分が苦しむし、離れた相手は絶対に戻ってこない。
後悔は次に生かしたらいいのさ。
人は言葉以外のサインも出す。そのサインに気づいたら、何かに変わるかもしれない。
実はアニメや映画でも映像だけのシーンが意味のある事が昔は多かったって語っていた人もいる。
今はそれが減ってしまい、分かりやすいものが重宝されるようになったと言っていた動画を見た。
普段の僕は言葉にコミュニケーションをとる大事さを言っているけど、非言語的コミュニケーションも実は相手と仲良くなりたいなら必要なのさ。
会話が苦手でも、会話に入れなくても、その空間に居たいから、居るという意味は、その空間に自分の時間を使ってまでいたいんだよ。
相手がつまらないと言いながらも、その場所にいるっていう事は居たいという気持ちがある。
人は嫌いとか興味がないと言いながらも、関わっている時点で別の意味があるのさ。
僕は本当に嫌だと思ったら、付き合い程度にその空間にいて、その場から消えるからね。
人は言葉以外のサインはたくさん出している。
読めないからと諦めるより、読みたいと思うなら考えたらわかるようになるかもしれないよ。
人は何も考えていない人間以外は、相手と話している時にもサインを出してるのさ。
気にしすぎては疲れるし、相手に聞きまくり、困らせてはいけない。
だが、相手に気を使わな過ぎてもいけない。
相手がいるなら、相手との時間と空間は大切にしないと、その居心地の良い空間は壊れてしまうよ。
非言語的コミュニケーションも大切だ。
という僕は空気を読むのが苦手だが、苦手でも相手が大切なら、相手の気持ちを読もうとする。
無関心よりよほど、僕は良いと思う。
押し付けてはいけないけどね。
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